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No.51 晴れる名前

それでも、鈴菜は動かなかった。


隣に来ない。

肩にも触れない。

——距離は、最初から最後まで変わらなかった。


ただ、同じ街灯の光の中にいる。


その静けさが、

玲音の中で、張り詰めていたものを少しずつ緩めていく。


「……」


息を吸おうとして、

喉が鳴った。


言葉にするつもりはなかった。

けれど、胸の奥に溜まっていたものが、

行き場を失って、勝手に浮かび上がる。


「……魔法って、」


玲音は、まだ鈴菜を見ない。

床の石畳に落ちた、自分の影だけを見つめたまま続ける。


「助けるためにあるって、よく言われるけど」


一拍。


「僕は、誰かを助けた魔法を、知らない」


言い切ったあと、

それ以上の言葉は続かなかった。


鈴菜は、すぐには反応しない。

頷きもしなければ、否定もしない。


その沈黙が、

肯定よりもずっと優しかった。


「……僕の話、です」


玲音は、逃げるように付け足す。


「気にしなくていい」


それでも、足は動かなかった。


自分でも分かっていた。

もう、引き返せないところまで来ている。


鈴菜が、わずかに息を吸う音がした。


何かを言う気配。

でも、結局、何も言わない。


その「待つ」態度が、

背中を押した。


「……小学生の頃、です」


玲音は、ようやく顔を上げた。

街灯の光が、伏せていた表情を照らす。


「名前が、女の子みたいだって理由で、仲間に入れてもらえなくて」


苦笑とも取れない、曖昧な表情。


「男子からも、女子からも。

なんとなく、距離を置かれる感じ」


指先が、無意識に握られる。


「別に、何かされたとかじゃない。

でも、ああいうのって……思ってるより、残るんです」


一度、言葉を切る。


「そんな時に、さ」


ほんの少しだけ、

声の温度が変わった。


「一人だけ、

それを気にしないみたいに、声をかけてくれたんだ」



ーーーーーーーー


休み時間の校舎は、少しうるさい。

廊下からは足音と笑い声が混ざり、

窓の外では運動場の砂が跳ねている。


教室の中も例外じゃない。

机を囲む声、椅子を引く音、ふざけた叫び。


その真ん中で、

玲音は机にうつ伏せになっていた。


顔は見えない。

動きもしない。


「ねえ」


玲音の頭上から声が降ってくる。


その声は、驚くほど普通だった。


からかうでもなく、

気を遣いすぎるでもなく。


ただ、そこにいる誰かに話しかけるみたいな調子。


「……その名前、そんなに変かな」


その子は、あっさり言った。


玲音が顔を上げると、

少し離れたところに、同じクラスの男の子が立っていた。


背は高くも低くもない。

目立つところは特にないのに、

なぜか周りの空気が、すっと整って見える。


「呼ばれるためにあるんでしょ。……たぶん」


一拍。


「だったら、変かどうかって、君のせいじゃないじゃん?」


言い終えてから、

自分が少し偉そうだったことに気づいたのか、

その子は小さく肩をすくめた。


「……って、思っただけ」


それだけ言って、

そのまま去るでもなく、

かといって、踏み込んでくるわけでもない。


逃げ道を残した距離で、いる。


「一緒にいなくてもいいけどさ」


玲音の方を、ちゃんと見て。


「前、座ってもいい?」


そう言って、玲音の前の席を指差す。

男の子は一瞬だけ様子を見て、

そのまま前の座席に腰を下ろした。


「レノ君だよね?

……レノ。実際に言ってみると、カッコよくない?」


玲音は呆気に取られる。

男の子は初めて目が合うと、にこっと笑った。


「ぼく、ハル。

お空が晴れるって書いて、『晴』。よろしくね」


名乗り方も、やけに落ち着いていた。


玲音は目を逸らし、ぼそっと呟く。


「……レノで、いい」

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