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No.50 測りそこねた間合い

魔導大図書館の室内中庭は、夜になると音を失う。

高い壁に囲まれ、風はなく、石畳の冷たさと紙の匂いだけが沈んでいる。


街灯が一つだけ、淡く灯っている。


その下の、背もたれのないベンチに、玲音は座っていた。


背中を丸め、肘を膝に乗せ、視線は床へ落ちたまま。

魔力の余韻も、戦闘の熱も、すでに消えている。

残っているのは、胸の奥に沈んだ重さだけだった。


——誰か来る、なんて思ったわけじゃない。

ただ今は、誰にも見られたくなかった。


足音がする。


規則正しくもなく、急ぎすぎてもいない。

聞き慣れた歩幅だった。


玲音は顔を上げない。


一瞬、白い光が石畳をなぞる。


けれど、それはすぐに消えた。


鈴菜が、街灯の下に立っていた。


何も言わず、玲音の隣には座らない。

ベンチの端に、反対向きに腰を下ろす。


二人の間には、肘ひとつ分の距離。

近すぎず、遠すぎない。


沈黙が、落ちる。


街灯の光が、二人の影を長く伸ばし、

石畳の上で、触れそうで触れないまま揺れていた。


「……」


鈴菜は、何も聞かない。

慰めもしない。

名前すら呼ばない。


ただ、そこにいる。


玲音は唇を噛みしめ、

小さく、息を吐いた。


逃げた先に、

彼女が来た。


鈴菜はベンチの影に視線を落とし、静かに息を吐いた。


「やっぱり、ここにいると思った」


玲音はすぐには顔を上げなかった。


「……いつもここで、一人で練習してたよね」


責めるでもなく、探るでもない声だった。

ただ事実をなぞるような、穏やかな調子。


玲音の指先が、膝の上でわずかに動いた。

——見られていた。


それだけで、胸の奥が、少しだけ熱を帯びる。


鈴菜が続けて話す。


「誰もいないと思って、ここで小声で作戦を組み立ててたよね」


一拍。


「この前なんて、声かけたら固まった」


鈴菜の声は、淡々としていた。


「石像みたいに」


沈黙。


「……やめてください」


玲音の声は掠れていた。


「あとさ」


鈴菜は少しだけ、声に笑いを混ぜた。


「魔法の調整ミスって、

ここ、焦げ跡できたことあったよね」


玲音の肩が、びくっと跳ねる。

慌てて顔を上げ、両手を振る。


「あれは、その……事故で……!」


「事故にしては、結構派手だった」


鈴菜は街灯の根元を指差す。


「小爆発。音だけは、やけに立派だった」


「言わなくていいですから!」


玲音は身を乗り出し、必死に遮る。

けれど、鈴菜は止まらない。


「煙で真っ白になって、

 自分で自分に防御壁を張ってた」


「う……」


声が詰まり、玲音は視線を逸らす。


笑いかけて、途中で止まったような、

泣き笑いにも似た表情。


「……誰にも見られてないと思ってたのに」


小さく、そう呟いた。


鈴菜は、それ以上何も言わない。


ただ、その失敗も努力も、

ちゃんと覚えているという顔で、そこにいた。


「聞いてたなら……言ってくださいよ」


鈴菜は何も言わない。


同じ街灯の下に、ただいる。


それだけで、

玲音の視界は、少し滲んだ。

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