No.48 油断という名の距離
黒い術が脚から腰へ、腕へと絡みつく。
背後で、呪術師が動いた。
鈍く歪んだ刃のような魔力が、
鈴菜へ向けて振り下ろされる。
「——っ」
玲音の喉が、音にならず詰まった。
止めなきゃいけない。
分かっているのに、魔法が——出ない。
間に合わない。
その瞬間。
鈴菜は、目を閉じて、息を吐いた。
視界は滲み、手足の感覚は薄れている。
力は吸われ、思うように動かない。
それでも。
「……まだだ」
絞り出すような声と同時に、
鈴菜は“外”ではなく、“内”へと意識を沈めた。
魔力を振り絞るのではない。
いま縛られている、“感覚”そのものへ。
魔法を撃つためじゃない。
拘束に絡め取られている、その一点。
その繋がりを、逆に利用する。
鈴菜の足元で、
淡い水色の光が、わずかに瞬いた。
爆発ではない。
派手な魔法でもない。
きし、と音を立てて、
黒い術にひびが入る。
次の瞬間。
鈴菜に絡みつく術が水色に染まり、
内側から凍りついたように、脆く砕け散った。
鈴菜は、動くようになった身体ごと、
呪術師へと向き直る。
だが、その頭上から、呪術師の刃が迫っていた。
回避は、間に合わない。
刃が振り下ろされ、土煙が上がる。
玲音は、身動き一つ取れなかった。
最悪の想像が、脳裏をよぎる。
だが——それは、現実にならなかった。
土煙の奥から、淡い水色の光が立ち上る。
呪術師の刃は、
鈴菜の展開した魔法の防御壁に阻まれていた。
鈴菜は、防御壁を維持したまま、
同時に準備していた魔法の光線を解き放つ。
水色の光が、一直線に呪術師を貫いた。
呪術師は、なす術もなく地面へと崩れ落ち、
場に満ちていた魔力が、ゆっくりと霧散していく。
鈴菜は防御壁を解き、静かに息を整えた。
肩で息をすることもなく、その背は真っ直ぐだった。
淡い水色の残光が、空気に溶けて消える。
「……」
玲音は、その姿から目を離せなかった。
鈴菜は、自分一人で立ち直り、
防ぎ、
そして終わらせた。
(僕は……)
手のひらを見る。
魔法を使おうとしたはずの指が、わずかに震えていた。
間に合わなかった。
助けられなかった。
それでも戦闘は、何事もなかったように終わっている。
――いなくても、よかった。
胸に沈んだその考えに、息が詰まる。
守るつもりだった。
支える役だと思っていた。
けれど現実は、
彼女の戦いを後ろから見ていただけだ。
鈴菜が、こちらを振り返ろうとする。
その前に、玲音は視線を落とした。
顔を、見られなかった。




