No.44 先輩と新人
それは、まだ彼女が“今”になる前の話。
魔導大図書館の受付前は、今日も少しだけ騒がしかった。
高い天井から降り注ぐ光。
本の自動搬送用の魔術陣が、受付カウンターの奥で淡く回転している。
「はいはい、ストップ」
軽い調子で声を出したのは、白瀬医師だった。
「今日はここまで。訓練はお休み」
「えー……」
不満そうに声を伸ばしたのは、雪谷鈴菜。
受付カウンターにもたれかかり、納得していない様子だ。
「もう平気ですって。
ちょっとふらっとしただけで――」
「その“ちょっと”が問題なの」
白瀬医師は即座に返す。
「魔力過多で倒れた自覚、ある?」
「……ありますけど」
言いよどんだ鈴菜の隣で、年の近い少年が苦笑した。
「ほら、言われてる」
幼さを残しながらも、整った顔立ちをしている。
彼は腕を組みつつ、どこか楽しそうに鈴菜を見る。
鈴菜は彼を睨むように目線を向け、呟く。
「ソウマまで先生の肩を持つの」
「全部聞こえてるぞ」
ソウマと呼ばれた少年は、面白がってそう言う。
「今日は大人しく帰ろう。
どうせこのあとも、抜け出すつもりだったんだろ?」
呆れた様子でソウマは鈴菜へそう言う。
「そんなことない」
「顔に書いてある」
「書いてない!」
二人のやり取りに、白瀬医師は小さくため息をつく。
「元気なのは結構。
でも、受付前で言い合いするのはやめなさい」
そう言い残すと、白瀬医師は踵を返す。
「私はもう行くからね。颯馬くん、頼んだよ」
その言葉に少年は手をあげ、二人は白瀬医師を見送った。
「本当に帰るんだな?」
「うるさいな」
そう言い合った、その瞬間。
「君たち!ちょうどよかった」
声のした方を見ると、魔導大図書館の入口から、
三澤浩丈――通称・三澤校長が、見知らぬ少年を伴って歩いてきていた。
三澤校長の隣に立つ少年は、鈴菜たちと同じくらいの年頃に見えた。
少し俯きがちで、落ち着かない様子を隠すように、両手をぎこちなく体の前で組んでいる。
その表情は硬く、こちらを一度見ただけで、すぐに視線を逸らした。
「紹介するよ」
三澤校長は軽く咳払いをしてから、隣の少年の肩に手を置く。
「今日から魔法師として登録される、水内玲音くんだ」
その少年を見て、鈴菜はわずかに目を見開いた。
――同年代。
「……水内、です」
玲音は短くそう名乗り、頭を下げる。
声は低くも高くもなく、感情の起伏を感じさせない。
颯馬が一歩前に出て、軽く手を上げた。
「俺はソウマ。こっちはスズナだ」
「よろしくね」
鈴菜はそう言いながら、玲音をじっと観察していた。
魔力の気配は、確かにある。
けれど、それは彼女が知っているどの魔法師とも、少し違って感じられた。
――静かすぎる。
同年代の魔法師なら、もっと不安や期待が滲むものなのに。
玲音から伝わってくるのは、緊張よりも、どこか身構えたような空気だった。
「ソウマ君とスズナちゃんは、二人とも君と同じ魔法師だ。
君の先輩にあたるから、なんでも聞いちゃって」
三澤校長の言葉に、玲音の視線が一瞬だけ上がる。
その目が鈴菜とぶつかり、すぐに逸れた。
「……よろしく、お願いします」
敬語混じりのその一言に、鈴菜は思わず口を開く。
「そんなに畏まらなくていいよ。年近いんだし」
そう言って笑ってみせたが、玲音の表情はほとんど変わらなかった。
それが、雪谷鈴菜と水内玲音の、最初の出会いだった。




