No.43 誰かの語る、彼女
「……そういえば」
玲音は、閉じたままの本から視線を逸らし、ぽつりと言った。
「この話、前にもしたことがあります」
梨亜が視線を向ける。
「前?」
「中学生の頃です。魔導大図書館に来たばかりの頃」
記憶を辿るように、言葉を選ぶ。
「三大魔術家系のことを、僕が一方的に説明してました。
ちょうど今みたいに」
梨亜は何も言わず、続きを待つ。
「相手は、スズナ先輩でした」
その名前が出た瞬間、わずかに場の空気が張り詰めた。
「先輩は……正直、あまり興味なさそうで。
『ふーん』って聞いてるだけで、系図も年表も、ほとんど見てなかった」
玲音は、苦笑する。
「『私にはよくわからない』って、そう言われました」
梨亜は小さく息を吐く。
「彼女らしいわね」
「はい。でも、その時は少し意外でした。
あんなに優秀なのに、家系とか立場とか、気にしてないんだなって」
玲音は、目を伏せる。
「……でも」
言葉は、その先に進まなかった。
家系に縛られないその姿勢が、
結果的に、誰よりも戦場に立つことになるなんて。
——今なら、分かる。
玲音の意識は、静かに過去へと引き戻されていった。
「……その時のこと、少し聞いてもいい?」
梨亜が、静かにそう言った。
玲音は一瞬、言葉を失ったように目を瞬かせる。
「私、彼女の“後”しか知らないの」
梨亜は、さっきまで読んでいた本に軽く指を置いたまま続ける。
「今の彼女がどういう立場にいるか、何を背負っているかは分かる。
でも――玲音、あなたが最初に見た鈴菜は、どんな人だったのかしら」
玲音は、少しだけ驚いたように梨亜を見た。
三大家系の話に興味を示したわけでもない。
魔法使いの推論に踏み込んだわけでもない。
けれど、その問いは、核心を突いていた。
「……」
玲音は、ゆっくりと息を吸う。
「たぶん、今とは少し違います。
でも――根っこは、変わってなかったと思います」
視線が、遠くなる。
「初めて出会った場所は、魔導大図書館の一階でした。
僕が正式に配属された、最初の日で……」
言葉と一緒に、時間が巻き戻っていく。
それは、雪谷鈴菜と水内玲音が、
“先輩と後輩”として出会った、最初の記憶だった。




