NO.39 答えは、まだ白紙
白瀬医師の診察は、思っていたよりもあっさり終わった。
簡単な確認のあと、告げられたのは
「一時的な魔力切れ」という結論だけだった。
少し休めば問題はない。
今日は無理をしないこと。
そう言われて、梨亜は簡易ベッドの端に腰を下ろす。
身体の重さは残っているが、意識ははっきりしていた。
梨亜が、ふと思い出したように口を開く。
「あの、雪谷さんは……?」
白瀬医師は、カルテから視線を上げて言った。
「鈴菜なら、受付に行ったと思うよ」
「……受付?」
「手続きがあるって言ってたから。
たぶん、すぐ戻ってくるけど、動けそうなら会いに行ってもいいかもね」
「……」
梨亜は少し悩んだ後、小さく頷いた。
医務室の扉の向こうを、一度だけ見てから、ゆっくりと立ち上がる。
医務室を出ると、廊下は思ったよりも静かだった。
足音だけが、やけに大きく響く。
壁に手を添えながら進むと、大きく開けた場所に出る。
その受付の前に人影が見えた。
書類を手に、真剣な表情で係員と話している。
やがて用件を終え、受付から一歩離れた。
その横顔を見て、梨亜はすぐに分かった。
「……雪谷さん」
呼びかけると、鈴菜が振り返る。
「神坂さん。もう少し休んでてもよかったのに」
梨亜は小さく首を振り、一歩近づく。
鈴菜は、ほっとしたように笑った。
「無事でよかった」
その一言で、胸の奥の力が、すっと抜けた。
鈴菜は手にしていた書類をまとめ直し、梨亜の方へ差し出した。
「これ。持って帰ってください」
受け取った紙束には、魔法師申請の文字が並んでいる。
「魔法師になった人は申請が必須なんです。
神坂さん、右も左もわからないでしょうし」
責めるでもなく、軽口でもない。
事実を淡々と告げる声だった。
梨亜は一瞬だけ目を瞬かせ、それから書類に視線を落とす。
そして、静かに受け取った。
書類が手元を離れたのを見てから、鈴菜は口を開く。
「判断するのは、ここからです」
受付から一歩離れ、少しだけ声を落とした。
「魔法師として、魔導大図書館に所属する。
全員が呪術師と戦うわけじゃないけど、戦う選択もできる。
図書館の仕事に関わる道もある」
言葉を切り、梨亜を見る。
「神坂さんは、どうしたいですか?」
廊下の空気が、わずかに張りつめる。
梨亜は書類を握りしめ、静かに息を吸った。
梨亜は、すぐには答えなかった。
手の中の書類を見つめ、指先に力を込める。
紙の感触が、妙に現実的だった。
戦う。
呪術師と向き合う。
そして、魔導大図書館で働くという選択。
どれも、さっきまでの自分には遠すぎる言葉だったはずなのに――
今は、不思議と「無理だ」とは思えなかった。
梨亜は、ゆっくりと息を吐いた。
「……じゃあ」
一瞬だけ、視線を落とし。
それから、鈴菜を見る。
「今は、まだ全部は決められない」
鈴菜は何も言わず、続きを待つ。
「でも――逃げる選択肢はないわ」
言葉にした瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。
「魔法師として、ちゃんと知りたい。
呪術師のことも、魔導大図書館のことも」
鈴菜は、わずかに口元を緩めた。
「それで十分です」
そう言って、受付の方へ視線を戻す。
「まずは、魔導大図書館の2階に行きますか。
現場に出るかどうかは、そのあと決めましょう」
梨亜は、もう一度書類を握り直した。
――ここから、始まる。




