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NO.38 白い医務室と、黒い煙

白い天井が、ゆっくりと視界に滲んだ。


――ここは。


喉がひりつく。

身体が鉛みたいに重く、指先に力が入らない。


梨亜は息を吸おうとして、思ったよりも浅くしか吸えなかった。


「……起きた?」


すぐそばで、聞き慣れた声がする。


視線を動かすと、簡易ベッドの横に鈴菜が座っていた。

少しだけ眉を寄せて、梨亜を覗き込んでいる。


「あ……なたは……」


声が掠れる。


「無理に喋らなくていいよ。まだ魔力切れの直後だから」


その言葉に、記憶が追いつくより先に、足音が一つ近づいた。


白衣の医師が、手慣れた様子で袖を整え、梨亜の手首に指を当てる。


「意識ははっきりしていますね。大きな異常もありません」


淡々とした口調だった。


揺れる名札には、『白瀬しらせ』と書かれている。


梨亜はゆっくりと上体を起こした。


「あなたは、神坂梨亜さんですね」


「はい。……どうして名前を?」


「この子から聞いています。名前も、状況も」


そう言って、白瀬は梨亜の隣に座る鈴菜へと視線を向けた。


「倒れる前のことは、覚えていますか?」


梨亜は少し考えるように視線を落とした。


出来事としては、はっきりと思い出せない。

ただ、身体に残る感覚だけが、遅れて蘇る。


胸の奥を締めつけるような苦しさ。

魔力を引き出そうとして、無理に踏み込んだ感覚。


「覚えている……と思います。

もう少しで、完全に思い出せそうで……」


「それくらいで十分です」


白瀬医師が穏やかに言った。


「その様子なら、じきに戻りますよ」


梨亜は小さく頷く。


「ただ――」


医師は視線を梨亜から外し、鈴菜へ向けた。


「あなた、またやったわね」


鈴菜の肩が、わずかに揺れる。


「何度も言ってるけど、

『魔法性虚弱体質』なんだから、無理な魔法は控えなさいって」


梨亜は、その言葉の意味が分からず、二人を見比べた。


「……え?」


鈴菜が、少し嫌そうに白瀬を見る。


「それはもう聞きました。さっきも言われましたし」


「あなたは、言われても無理をするでしょう」


「……」


言い返そうとした瞬間、鈴菜が小さく咳き込んだ。


次の瞬間、口元から――

黒い煙が、ふわりと漏れ出る。


「ほら、言い逃れはできないわよ!」


「……っ。いや、今のはノーカンで」


「医師にノーカンは効きません〜」


「ぐっ……。

子どもより大人げない……」


鈴菜は顔を逸らし、むすっとした様子で口をつぐんだ。


「もう、先に外行ってますから」


しびれを切らしたようにそう言うと、医務室の扉を開けて、そのまま出て行く。

扉が閉まる音が、思ったより大きく響いた。


梨亜は無言で、その背中を見送った。


医務室に残ったのは、白い静けさだけだった。


「あの……」


梨亜は、少しだけ言い淀んでから、視線を上げる。


「『魔法性虚弱体質』って、なんでしょうか?」


白瀬医師は、鈴菜が出ていった扉に一瞬だけ視線を向けてから、梨亜へ戻す。


「簡単に言うと、魔法に身体がついていかない体質ね」


「ついていかない……?」


「ええ。魔法は出せるし、戦える。でも使えば使うほど、身体の消耗が激しい」


白瀬は、軽く肩をすくめた。


「容量は十分にある。でも器が追いつかない。

だから、無理をすると、さっきみたいな反応が出る」


梨亜は、扉の向こうを思わず見た。


「……大丈夫、じゃないですよね?」


「そうよ。使い過ぎれば、ね。

……だから私は止めるし、あの子は逃げる。

まあ、いつものやり取りね」


そう言って、白瀬はどこか苦笑いを浮かべた。


「あなたは気にしなくていいのよ。神坂さんは、ただの魔力切れだから」

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