NO.36 意思が魔力になるとき
黒い霧が散りきった、その先で。
梨亜が立っている。
息はまだ荒い。
足元も、完璧に安定しているわけじゃない。
それでも、もう膝は震えていなかった。
視線を上げる。
そこには、
さっきと同じ距離で、雪谷鈴菜が立っていた。
驚きも、焦りもない。
まるで——そうなると分かっていたかのような顔。
彼女は何も言わず、強く頷く。
短く、それだけ。
梨亜の胸の奥が、少しだけ熱くなる。
その瞬間。
空気が、ひずんだ。
梨亜の足元から、淡い光が滲み出す。
黒ではない。
鈍くもない。
澄んだ、しかし芯のある魔力。
「——っ」
自分の内側で、何かが流れ始める感覚。
今まで“重り”だったものが、
一気に回路として繋がっていく。
呪術師が、低く唸った。
「グルァァ……!」
魔力に反応し、こちらへ向き直る。
鈴菜は一歩、前に出る。
身を隠す位置から外れ、
準備していた魔法を放つ。
呪術師は声をあげ、怯む。
爆ぜた魔力の煙が、再び二人を覆い隠した。
白い煙は、二人を囲うように広がる。
二人だけの世界。
鈴菜は梨亜を見る。
互いに、目が合う。
鈴菜は梨亜へ、手を差し出す。
まるで、こちらへ招くように。
「——」
梨亜は、一瞬だけ呆気にとられる。
けれど、すぐに迷いなく手を伸ばした。
今まで閉じこもっていた部屋から、
外へ踏み出すみたいに。
その温もりに触れる。
鈴菜は震える手をしっかりと握り、
繋いだまま、淡々と告げる。
「誰かに引きずり出された力じゃない」
「制御を失っているわけでもない」
その言葉と同時に、
鈴菜の髪がふわりと浮き、
瞳に水色の光が灯る。
その瞳に映る梨亜は、
黒い淀みではなく、
暖かく、眩しい輝きだけだった。
予想通りの結果に、鈴菜は小さく微笑む。
「これは、あなたが立つことを選んだ結果だ」
「魔力が、あなたの意思を選んだ」
そう告げられ、
梨亜は一瞬、見惚れるように言葉を失う。
すぐに我に返り、
繋がれた手を、強く握り返した。
「ええ。私が、決めたの」
「だから……お願い。手伝ってほしい」
白い世界が、ゆっくりとほどけていく。
煙が消えた先には、
攻撃を再開しようとする呪術師がいた。
二人は、同時にそちらへ向き直る。
「はい。その力が、あれを打ち倒すでしょう」
「あとは任せて」
鈴菜はそう言った。
繋いだ手は、まだ離さないまま。




