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NO.35 ほどけた鎖の先で
梨亜の表情は影に隠れていて、読み取れない。
けれど、鈴菜から見ても、明らかに様子が変わった。
梨亜は体を起き上がらせる。
ただ、足を動かそうとした瞬間、
黒い霧が足首に絡みついた。
重い。
地面に縫い止められたみたいに、一歩が出ない。
——だめ、戻って。
かつての自分みたいな声が、霧そのものから滲む。
けれど、もう迷っていなかった。
胸の奥で、張りつめていた何かが、静かに外れる。
——神坂家だから
——失敗できないから
私を縛っていた理由が、
錆びた鎖みたいに、音もなくほどけていく。
霧が、さらに強く締め上げる。
怖さが、足元から這い上がる。
それでも。
息を吸う。
「……大丈夫よ」
震えた声は、逃げなかった。
体重を前に預けた、その瞬間。
足に絡んでいた霧が、支えを失ったように崩れる。
最後の鎖が、外れた。
——最初から、諦めてたほうが楽、という声。
それが消えた時、
足は、はっきりと地面を捉えた。
一歩。
黒い霧が、遅れて散る。
逃げたい気持ちは、まだそこにある。
それでも、膝は折れなかった。
視線を上げると、
変わらない距離で、雪谷 鈴菜がいた。
何もせず、
それでも、信じる目で。
——だから、私はここに立っている。




