NO.23 迫りくる爪、凍てつく盾
「なにが……起きてるの」
人々が逃げ回っているさなか、
一人だけ立ち止まって呟いている者がいた。
突然の『怪物』の乱入により、
ショッピングで賑わっていた人達はみな、
恐怖でおびえた顔をしていた。
その人物も類に当てはまる顔をしていた。
後方から誰かの悲鳴が聞こえる。
後ろを振り向くと、呪術師がこちらを見ていた。
もう手を伸ばせば届くほどの直近の距離に居た。
「…え」
顔が恐怖でひきつる。
まだ状況が飲み込めていない。
震える体全身を本能で動かす。
おぼつかないままの足を一歩後ろへ下げる。
見上げると呪術師の顔のようなものが斜め頭上にあった。
暗く、澱んだ黒霧のようなものがその顔を隠していた。
呪術師は首を傾げ、異形の腕のような者を振り上げる。
「い、いや…」
放心状態で、それを受けるしかないと悟る。
その人は目の前の怪物の変形した大きな爪が、
自身の肌に突き刺さるイメージが容易にできた。
そんな鮮明なイメージを壊すかのように、
後方から急ぐ足音が2人分。
「ー急げレノ!」
切羽詰まった様子で鈴菜は後ろを見るが、
玲音の魔法じゃ間に合わない。
そう判ると、鈴菜は魔法を制止するように手で指示する。
鈴菜は急速に魔力を強め、魔法の発動を間に合わせる。
急ぐ感情を反映するかのように、水色の瞳が一際強く光り輝く。
呪術師と彼女の境目に、滑り込んでいく。
その直後、呪術師の爪が、鈴菜が庇うように向けた背中に食い込もうとする。
鈴菜は目前の彼女を左手で引き寄せ、右手を呪術師へ向ける。
それは一瞬の出来事。
右手を中心に、大きく水色の円が広がる。
先ほどまではなかった物が、
衝突の衝撃によって出ていた土煙から、ゆっくりと姿を現す。
玲音と酷似した、だがどこか異なる、
それは『防御壁』。
リアルに温度まで伝わりそうなほど、
本当の氷でできたように見える魔法の壁。
「…はぁ、はぁ、間に合った」
そう言って、腕の中の彼女へ鈴菜は目を向ける。
強く光り輝く水色の瞳が一段と目を引く。
「怪我はないですか、神坂さん」
鈴菜の問いかけに、
彼女はすぐ返答することができなかった。
水色の瞳、氷をイメージさせる防御壁の魔法。
それと、腰に回された手の温もりも。
目の前の出来事に見惚れていた。
「け、怪我はないわ」
そう応えると、防御壁を挟んだ先にいる呪術師が
腕を再度振り上げる。
だが、その腕が振り下ろされることはなかった。
呪術師の背にいくつかの魔法が直撃する。
呪術師が後ろを向き、後方へと向かっていく。
魔法を放った玲音が次のターゲットとなり、
鈴菜たちから呪術師が離れていった。
2人は呪術師の動向を目で追う。
「彼は私の後輩であり、魔法師です。
奇襲が強いだけで、あの程度の呪術師なら彼一人で倒せます。」
彼女に言い聞かせるように鈴菜はそう話す。
「応援もすぐ駆けつけます。今のうちに離れましょう」
彼女が頷くのを見て、鈴菜はふっと込めていた力を抜く。
そうすると鈴菜の後ろの防御壁が、さらさらと消えていく。
完全に消えると、鈴菜の目に宿る水色の光も消える。
鈴菜はとっさに顔を逸らす。
そして、どこからか吸い込んでいた、黒い煙を吐き出すように咳をした。
一度深呼吸し、まだ警戒を解いていない鈴菜は、再度魔法を発動状態にする。
今度は背中側に同じ形、同じサイズの4本の氷柱が形成された。それは浮遊して鈴菜の背について来る。
また、鈴菜の瞳は再度水色に輝くが、
先ほどとは異なり、元の黒目の黒色が混じったような色で、弱々しく水色に光っていた。
準備が終わると、鈴菜が誘導して、
二人は安全な場所まで離れる。
鈴菜の言った通り、玲音の他に、応戦しに来た魔法師、魔術師が加わった。
危険な場面もなく、戦いは終了した。
戦いが終わった後、負傷者の手当など後処理が行われた。
鈴菜と玲音の検査と事情聴取は終わり、互いに合流する。
「スズナ先輩、神坂さんはもうしばらく時間がかかりそうです」
「まあ、戦いの渦中にいた最大の被害者だからね」
「そうですね。
あの時は、スズナ先輩が先に魔法を使ってなかったら、
神坂さんを守れなかったですから…」
玲音がそう言った言葉と表情の節々に、後悔や申し訳なさがにじんでいた。
鈴菜は彼を宥めるように声をかける。
「結果的には間に合って助けたんだから、問題ないよ。
戦闘はずっとレノ君に任せてたんだから、お互い様」
「スズナ先輩……」
玲音は鈴菜の言葉に、固く引き結んだ口を緩める。
「……お互い様じゃないですよ!
スズナ先輩の負担が多いじゃないですか!」
鈴菜の言葉に絆されず、玲音は鈴菜を問い詰める。
「だって、魔法を使い過ぎた影響で、黒いエネルギーが漏れてたじゃないですか!
ちらっと見えましたよ!」
「……よく見てるね」
鈴菜は気まずそうに、へそを曲げたようにそう言った。
「そりゃあ、一番に見てますよ、スズナ先輩のことは」
彼は顔を背けてぼそっとそう言った。
無意識に赤くなった耳には気づかぬまま、
玲音は顔を戻し、鈴菜の目を見て続ける。
「黒いエネルギーが漏れるのは、『魔法性虚弱体質』の影響だって知ってますよ。
医務室の先生もそう言っていたじゃないですか!
それが起こるほどってことは大丈夫なはずないのに……」
「……」
鈴菜は何も答えず、玲音の言葉を静かに受け止める。
「僕はまだ不治の病だって噂、信じてないですから。
スズナ先輩が苦しむような病、ほっといていい訳がないです。
ま、まあ、スズナ先輩が戦わなくても済むように、早く一人前になれば解決しますけど…」
表情ひとつ変えない鈴菜の代わりかのように、
玲音は表情を曇らせたり、頬を赤らめたりところころ表情を変える。
ここまで静かに聞いていた鈴菜が掠れた小さな声で呟く。
「……違う、“これ”は治るべきじゃないんだよ……」
鈴菜の呟きに玲音が聞き間違いかのように目を見開く。
ふと彼が見た鈴菜の表情が、微かに暗さを秘めていた気がした。
そんな顔は今まで見たことがない。
だが完全には見えず、彼女の前髪がその秘密ごと隠す。
「確かにレノ君が私に並ぶくらいになってくれたら、助かるね」
鈴菜は顔をあげ、自然な普段と変わりない表情でそう答える。
玲音は急な出来事に頭が追いついておらず、呆然としたままだ。
「……?どうかした?」
鈴菜が不思議そうに顔を傾げる。
その顔は本心から不思議そうに思っているようだった。
「あ、いや、何でもないです。そうですよね、はは……」
玲音は本当は深掘って聞きたかったところを、
つい反射的に誤魔化してしまい、話を終えることにした。




