【2】
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喫茶店に寄った後に、瑠奈は自宅で珈琲を淹れてくれた。
すでに挽いている豆でも、今日挽かれている豆は、心なしか香りの強さが違う。お湯を注ぐ道具は買ってないので、お茶の急須で代用して淹れてくれた。お湯を注ぐ度に、豆から細かい気泡が出ていく。ほどよく蒸らされた豆は、ゆっくりと膨らみ、そして、しぼんでいく。
「どうぞ」
「ありがとう。美味しい」
「そうでしょ?」
瑠奈はドヤ顔でそう言う。
「あの人に教えてもらったから」
「そうなんだ」
淹れてもらう珈琲は、自分が淹れたものよりも美味しい。
あの人というのは、眼鏡をかけたあの店員の事だろう。瑠奈はあまり珈琲を飲まないから、私のために教わってくれたのかもしれない。相手が自分のためにしてくれる事は、その人の温もりを感じられるからこそ、心が温まるのかもしれない。
「覚えがいいって、誉められた」
「そうなの?」
「今まで興味なかったけど、少しは向いているかも」
瑠奈は首を縦に頷きながら、自分用の珈琲を飲む。一口はブラックで飲み、かすかに眉をひそめてから、ミルクを入れてから飲みなおしている。
その仕草にふっと笑みを浮かべた。
「飲み慣れていないと、苦みを強く感じるかもね」
「美味しいけど、苦い」
「そうだよね」
自分の興味がない事でも、むいている事が眠っているのかもしれない。そうなると、優先順位をどこにおくのか、という問題になってくる。
飲み終わったコップをテーブルに置くと、瑠奈を後ろから抱きしめる。そこから、特に何をするでもなく抱き心地をあじわう。その間、「しょうがないな」と瑠奈は苦笑を浮かべた気配がした。
しばらくして離れると、2人分のコップを台所のシンクの中に置く。
食器が1人分だけ増えたのは、つい最近の出来事だ。
一人暮らしを始めた頃は、こんな風に食器が増えるようになる等は考えもしなかった。コップを洗い終わってしまっていると、後ろから軽く頭を撫でられる。
「犬じゃないんだけど」
振り返ると、「そうだっけ?」と満足気な表情を浮かべてそう言われた。
人生は、思いつきもしない事の連続なのかもしれない。
思いもしなかった仕事に向いていたり、思いもしなかった人と縁があったりする。
瑠奈とお互いの家を行き来するようになるなんて、出会った当初は思いもしなかったから、それは、嬉しい誤算だと感じていた。