【1】
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夏の暑さはすっかり過ぎ去り、時々、肌寒く感じてしまう風が吹いている。
肌寒い風は、仕事帰りの思考を現実に引き戻した。
友里恵は、バックの中から水筒を取り出して、ホット珈琲を一口飲む。
いつまでも続けていけるのだろうかという不安が、頭の片隅を通り過ぎていった。
休日には、普段できない家事をこなしていたら半日は確実になくなり、外出する気力がなくなっている。そこまで贅沢をしているわけでもない。ないけれど、頭の中を「転職」の二文字がちらつき、知らず知らずのうちにため息を吐き出した。
「大きなため息だね」
「瑠奈」
地元の駅から来た瑠奈は、鼻をクンとかいだ。
「美味しそうな香り」
「寒くなってきたから、自分で淹れてみた。挽いてあるものだけど」
「あ、あれね。今日、友里恵の家に行っても平気?」
「いいよ」
部屋の中の状態を思い出しながら、そこまで散らかっていなかったはずで、次の日も休日だったのを確認してからそう答えた。
「よかった」
嬉しそうな表情を浮かべている瑠奈の横顔を見ながら、告白された事が現実だったとは感じられない自分がいる。告白された事が、数ヶ月おいた今も信じられない。
どちらかといえば、残念な私の何を好きになったのだろう?
「?」
「なんでもない」
隣に並び歩きながら、不安が薄らいでいくのを感じた。
人の温もりは、心を前向きにさせるのに、有効な薬らしい。漠然とした不安に対して、冷静にどうしていこうかと思考をめぐらせられるようになっている。
左手を伸ばして、手をふわりと握る。瑠奈は何も言わずに、握り返してくれた。
バイトをする前よりは、バイトをした後の方が、自分がどんな仕事に就きたいのかを掴む事ができたのだと思う。
客観的にみて、作品のみで、勝負できる実力はない。
ないけれど、仕事の思わぬところで、趣味が活かせる時もあるのだから、完全に辞めてしまうのは、もったいない。もったいないが、日々、少しの時間を定期的に確保する事すら、難しくなってきてしまっている。
もう一つは、これから先を歩きたいと想える人ができた事が、転職を考える大きな理由の一つだ。これから先にかかる費用の計算をしているから、自分の身にならない無駄使いをできる金額がない事も理解している。
「喫茶店に寄っていい?」
私は黙って縦に頷いた。