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3900円の恋。

作者: 語彙力皆無


ある冬の日の夕暮れどき。


元々曇りががっていた窓の向こうは、

気が付けば完全に夕闇に陥っていた。



暖房もついてない、凍えそうな部屋の中には、

昨晩出会ったばかりの二人の男女がいた。


二人は、一人用の狭い布団の中でギュッと体を寄せあっていた。




海外のカジノには時計が無いらしい。

それは「時間を忘れて賭け事に楽しんでもらいたい」

そういう意味が込められているという。

青年の部屋に時計が無い。

それはまだ引っ越して間もない一人暮らしの部屋だからであって

決してその意味が込められた訳ではない。

けど今はただ、お互いが時間なんて忘れてその瞬間を共有していた。



そんなはずだった。



お互いの吐息しか聞こえない、

息を殺せば相手の心拍音だって聞こえてきそうな、

とても心地よい沈黙。

苦痛ではない、世にも珍しい沈黙。



その沈黙を破ったのは、意外な彼女の一言だった。



「はやくいい奥さんみつけて結婚してね」

草木がささやくような声の大きさで彼女は言った。



それもそのはず、その静かな空間で声を張り上げる必要はない。

ただそこにいた青年には、

とても大きく、

心の裏側まで届くくらい大きく聞こえた。



「違う…そうじゃないのに…」

青年の脳裏にはすぐさま、そう過った。

しかし、その感情とは裏腹に青年は彼女に


「そうだね」


とただ一言だけいった。




それはその瞬間における、

青年が彼女に対して、咄嗟に返すことができる最大限の返答だった。




数十秒前まで

十万億土、極楽浄土にも感じられた心地のよかった沈黙は

元々存在しない、ただの幻想だった。

と言わんばかりに一瞬にして別の何かになっていた。




青年はすべてを悟った。



そして沈黙に耐えられなくなった青年は

「はやくいい人にみつけてもらいたいな…」

と声を震わせながら胸の奥から吐き出した。



それが今の彼にできる最大限の抵抗であった。 



しかし残念なことに、その場に、その言葉の受手はいなかった。

誰にももらってもらえなかった行き先の無くなったその言葉は

自然と空中分解され

何も無かったように消え去った。



心地よくもない、かといって苦痛でもない

先ほどとはまた別物の沈黙が流れた。




そしてまた青年は彼女をギュッと強く抱き締めた。







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