地下3階にて
朝、リースは扉を叩く音で目が覚めた。
「寝過ごした!?」
リースは慌てて着替え、寺院の扉を開ける。
そこには目を腫らした若い男と、ボロボロになった若い女が居た。2人の後ろには布に巻かれた遺体が1つ。
2人は身なりも悪く、持ち合わせも期待できそうに無かったが、リースは顔色1つ変えず対応する。
「すみません朝早くから……」
男が謝る。
「いえ、中へどうぞ」
リースは2人を寺院の中へ通し、事情を聞いた。
2人は冒険者で、元々は5人でダンジョンに入ったがモンスターにやられ1人は死亡。残り2人も痛手を負ってパーティから抜けたと言う。
布をめくり、遺体を確認するリース。そこにはプリーストの女性が眠っていた。
「こちら様だと1400Gになりますが……」
リースが値段を告げると男は懐からお金を取り出した。
武器も持たず、装備はほぼ無し。リースはすぐに蘇生代を工面するために2人が装備を売却した事を察する。
「お願いします……」
男は弱々しく返事をし、同意書にサインをする。
女には外へ出てもらい、リースは蘇生を開始した。
無事蘇生を終えたプリーストを連れ、男は寺院を後にする。
彼らは仲間の蘇生の為に命の次に大事な装備を手放した。
つまり、今までより浅い階層で再び小銭稼ぎから始めないといけない、と言う事だ。
「ま、私には関係ないわ……」
リースは小さな窓から、彼らが角を曲がり見えなくなるまで見続けた。
「さて、今日もそろそろかしら?」
リースが寺院を閉め、いつもの待ち合わせ場所へ向かった。
「リーダー!」
リースが声をかけた先にはいつもの3人が待っていた……。
青白い光がダンジョンを哀しく照らす地下3階。
既に完全に踏破された階である。敵もそれほど強くない。
「今日のメニューは?」
エルがリーダーに尋ねる。
「今日はアイテム狩りだ。ウサギから耳を5セット頂くぞ」
リーパーラビット:鋭い歯で冒険者の首を刎ねてくる地下3階の厄介者。
「依頼者から急ぎで頼まれてな。その分、払いも良いぞ。耳は剥ぐから全部吹き飛ばすなよ」
その言葉に口笛を鳴らすエル。
青白く光るダンジョンに、嫌でも映える赤い瞳。
白いウサギたちがリース達の行く手を遮る。
「耳だけは残しとけよ!」
リーダーが念を押した。
「了解!」
エルとリースは最小限の呪文でウサギを仕留めていく。
無事ウサギの群れを倒したリース達。
しかし、近くではまだ戦闘が行われている音が聞こえた。
「リーダー?」
様子を伺うリーダーにフェリーが話しかける。
「ウサギ3体に苦戦しているようだな。2人組の様だが……。仕方ない、行くぞ!」
リーダー達は周囲への警戒を怠ることなく戦闘場所へ向かう。
「た、助けて下さい!」
リーダー達を一目見るなり助けを求める青年の声。
隣では今にもウサギに襲われそうな女がいた。
フェリーは素早く苦無を投げ、ウサギを仕留めた。
リーダーが残りのウサギを一掃し、周囲に静けさが戻る。
「すみません、お蔭で助かりました……」
男と女はリーダー達に頭を深々と下げた。
リースは、彼らが今朝の男女である事は一目見て気付いていたが、彼らが気付いていないので黙っていた。
リーダーは彼らの心もとない装備を一目見て彼らの無謀を察した。
「そんな装備じゃ死にに来ているようなものだぞ?」
リーダーの言葉に、男の表情が暗くなる。
「仕方ないんです。仲間を蘇生させるのにお金が無くて……」
男の言葉に女が泣き出した。
「お願いします!彼女を助けてあげて下さい」
女が泣きながら指さした先には、ウサギにやられたプリーストの首と胴体があった。
「……大人しく帰って寺院に頼むんだな」
リーダーが諭す様に、やや高圧的に突き放す。
「そ、そんな……」
男が落胆する。彼にはもう戦う力も、帰って戦力を整える財力も無かった。
「プリーストはパーティの生命線。酷い装備で来ればそうなるのは目に見えていた筈さ」
リーダーが男の肩に手を置く。
「フェリー?」
「あいよ、もう開けたよ」
フェリーが男の前に開けたばかりの宝箱を差し出した。
中には短剣と小さな盾、それと薬が数点入っていた。
「さっきのウサギが落とした物だ。蘇生代の足しにしな」
男はリーダーの顔を見つめ、静かに頭を下げた。
「すみません、ありがとうございます……」
彼らはプリーストの亡骸を抱え、ダンジョンを後にした。
「いいの?あげちゃって」
リースが呆れた顔をリーダーに向ける。
「どうせ大した物じゃないさ。それに、結局はリースの所へ行くんだろ?」
リーダーが小さくため息をつく。
「……まぁね」
心地良い朝の日差しを浴び、リースはいつもより早く起きて準備をしていた。
朝食を食べ、時計に目をやる。
「そろそろか……な」
寺院の扉が静かに鳴き、一組の男女がプリーストの亡骸を抱きながら入ってきた……。