壊れたエルフと魔法陣
「あ゛ーもう!!」
自宅の机に積み上がる呪文書。手垢が付く程読み返したその先に、彼の脳内には絶望の2文字だけが取り残された。
先の一件以来エルを見る周囲の目が変わり、(彼にとって)まともな生活が出来ていなかった。
ダンジョン行って酒飲んでお喋りしてスッキリする。
ただそれだけの事なのだが、隣にいるサキュバスを見ると皆がよそよそしくなってしまう。
「ダーリン♪」
身体より2回りも大きいワイシャツだけを身に纏い、背中に抱き着いてくるサキュバス。
緊急事態だったとは言え、やはり魅了呪文を使用した事を彼は後悔していた。
「 ! 」
エルの脳内で蠢く絶望の彼方に、希望の欠片が小さくキラリと光った。
エルは急いで準備を整えた。
「行くぞサキ!」
名前が無いと不便かと思い、2日悩んで考えた名前は未だに呼ぶのに恥ずかしい。
一方サキは、名前が付いたことで一層親近感が湧いていた。
「ハァーイ♪」
甘く、黄色い声がエルの家に染み渡る。
「さてと……」
エルはサキと出会った部屋へ呪文で転移していた。
召喚士が居なくなり、ここ一帯はモンスターの気配すら無くなっていた。
「これが召喚用の魔法陣か」
隣の殺風景な部屋の中央に魔法陣が描かれており、召喚呪文を唱えればまだ使える状態であった。
「サキ」
呼びかけににこやかに振り向くサキュバス。
「お前はもう帰るんだ」
元々召喚士に呼ばれたサキが住む世界はここではない。
エルは元々いた世界に帰してあげるのが良いのではないかと思いついたのだ。
「えっ!? どうして……?」
急な展開に驚くサキ。
「俺の不完全な呪文のせいで君の心は偽りの恋心で満たされている。効果は弱まっているが、いつ完全に切れるかはまだ分からない。元に居た世界に戻れば俺との距離が離れ、自然に効果が切れるはずだ!」
「いや――――」
エルはサキが喋ろうとするのを遮り、サキを魔法陣の上に座らせ帰還の呪文を詠唱し始める……。
魔法陣が緑色に発光し、サキの身体は光の粒子に変わっていく。
「ダーリン!」
サキが呼びかけるもエルは詠唱を止めない。
やがて全てが光となり、一気に弾け飛んだ!!
魔法陣の発光が終わると、そこには何も残されていなかった……。
「これで良かったんだ。やっと解放される……」
エルは久しぶりにいつもの4人と飲んでいた。
「やっとまともに酒が飲めるな〜!」
エルは今までの分を取り戻すかのように酒を飲んでいた。
「良かったの?折角彼女が出来たのに」
「オイラ羨ましくて、あのままだったらエルの家燃やそうと思ってたよ」
「しばらくダンジョン行けなくてすまんな!今日は俺の奢りだ!飲め飲め!」
その日は酒場から酒が無くなるほど飲んだ……。
「ただいま〜〜〜っ」
千鳥足のエルが自宅へ帰ってきた。
「ただいまーーーー!」
誰の呼びかけを待っているのか。もう返事を返してくれる人は居ない
家の空気は以前に増して冷たくなり、記憶に新しい匂いが微かに鼻についた……。
「くそ……折角の気分が台無しだぜ…………」
「また来ちまった……」
フラフラのまま、エルは魔法陣の前に来ていた。
サキが座っていた場所に指を這わせる。
冷たい岩の感触だけが現実味を帯びていた。
「うお!」
魔法陣が急に光だし、新緑の匂いと空気を漂わせながら魔法陣から誰かが現れた!
「ダーリン!」
なんと、緑色の光の中から現れたのはサキだった。
そのままエルに抱き着いて離さない。
「お前どうして!?」
戸惑うエル。酒が見せる幻覚なのかと思うほど、記憶の中のサキと同じ感触であった。
「また来ちゃった♪」
舌を出しながら首を傾けるサキ。
そしてまだ光り続ける魔法陣から、もう一人現れた!
「連れてきちゃった♪」
そこには黒い髪をなびかせて、両刃の剣を構えるサキュバスが居た……。
「どうも、妹です。姉がお世話になってます」
エルは脳がキャパシティを超え、ついに……壊れた。




