死者の誘惑
「今日は平和ね……」
あくびをしながら、リースは寺院でのんびりしていた。
たまにはそういう日があっても良いのではないか。
誰も死なない方が本当は良い。
寺院の経済事情に目をつむりながら、リースがお茶をすすった。
「すみません!!」
寺院の扉が突如として開く。
平穏なんて無かった……。
「はい、どうしましたか?」
一人で現れた戦い慣れしてそうな青年。
努めて冷静にリースは対応する。
「私と2人でダンジョンに来て貰いたい。場所は地下4階。失くした物を探したいのです……」
「残念ですがお断りいたします……。地下4階は2人で行くには危険すぎます」
リースはこの手の無茶な依頼はきっぱりと断る事にしていた。
己が死なない様にするためだ……。
すると、青年は机の上に金の入った袋を置く……。
「10000Gあります。これでお願いいたします――」
「お帰り下さい――」
リースは取り合う事無く青年にお帰り願った。
「――と言う訳なの。どう思う?」
リースは馬小屋にいたリーダーへ相談を持ちかけた。
「蘇生か解呪か……どちらにせよ良い話しではなさそうだな」
リーダーが荷物をまとめ馬小屋を出る。後に続くリース。
「すぐに俺の所へ来たという事は、行くんだろ?」
準備は万端と言いたげなリーダー。
「ええ、お願いリーダー」
道中酒場に入ろうとしたエルとフェリーを回収した。
「おいおい!今日は飲むつもりだったのに!!」
ブーブー煩いエルを加え3人でダンジョンへ突入した。
地下4階へ続く石段のそばに、真新しい血の跡があった。おそらく誰かが戦闘した形跡だろう。
「いるな」
リーダーが気配を探る。
「こっちだ……」
かすかに残る足跡と臭いを辿り、地下4階を進む4人。
通常の進路から外れ、行き止まりへと4人は続く……。
「しっ…………」
行き止まりの手前でリーダーは気配を消し、聞き耳を立てた。
どうやら青年1人の様だ。
危険が無いと感じた4人は青年に近づいた……。
「誰だ!!」
誰も居ないと思っていた青年は
突然の来訪者に驚き戸惑った。
青年の傍らには死後数日は経過したと思われる男の死体が座るように置いてあり、装備品もまだちゃんと残っていた。
「驚かせてすまない。そいつは仲間か?」
リーダーが死体を指差した。
「いや、俺も今見つけた所さ……」
リースの存在に気付いてない男は嘘をついた。
しかし、誰の目にも彼が何かしらの目的があってここに居る事は明白であった。
「それじゃあ……」
男はその場を去ろうとする。
「こいつはいいのか?」
リーダーが男の背中に声をかけた。
「どうせ知らん奴だ。生き返らせる義理も無い……」
そう言い残すと来た道を戻っていった。
リーダーは死体をくまなく調べてみた。
傷はそこまで深くないが、剣による切り傷が多数見られた。
そして、指には指輪の跡があったが、肝心の指輪だけが無かった……。
「どうやら目的は指輪だったみたいだな」
リーダーが立ち上がろうとした瞬間――
ガバッ!!
死んでいるはずの男の頭が動き、死んだ目でこちらを睨みつけた!
ザシュッ!
咄嗟にリーダーが小剣で死体を首を刎ねた……。
「アンデットリングだ……」
後ろで見ていたフェリーが呟いた。
「死者の指輪とも呼ばれる呪いの装備。着けると死ぬまで取れず、死後に指輪を外すとアンデットとして蘇るのさ」
「指輪欲しさに蘇生を拒んだのね?」
「指輪を盗んだのがバレるからね。収集家の間では高値で取引されてるよ。寿命や大病で死んでも、蘇生できるアイテムとしてね……」
フェリーの説明に、青年の意図が垣間見える。
「こいつは仲間か知り合いで、あいつは指輪が死者の指輪だと知ってたんだな……」
その時、4人が来た道から男の悲痛な断末魔が聞こえた……。
警戒しながら現場へと向かうと、そこには先程の青年が横たわっており、脇腹を大きくえぐられていた。
「ミイラ取りがミイラになるとはこの事ね」
リースは青年に近付き、持ち物を漁った。
ズボンの小さなチャックの中に指輪が大事そうに入っており、唯ならぬ呪いのオーラから死者の指輪とすぐ分かった。
「どうすんだ?」
エルが問う。
「こんな物無い方が良いのよ……」
リースはその場で指輪の呪いを解いた。
浄化された指輪は呪いのオーラが消え、ただの指輪へと変わる。
リースは指輪を青年のズボンへ戻した。
「まったく、タダ働きもいいところね……」
リースは深くため息をついた。
自分の顔を指差し、『俺達は?』と無言で問い掛けるエルとフェリー。
「…………今日は私のおごりね」
その言葉に笑顔になる2人だった。