私は変態禿げオヤジと出会った。
8月31日。
時間は18時。
今日で夏休みが最後……、私は違うけど。
私は暗い部屋の中でただぼーっとテレビを見てる。
コンコン。
扉から聞こえたノックの音。
「未来、おじいちゃんとおばあちゃん買い物に出かけるけど何か欲しいものあるか」
おじいちゃんの太くて低いでも優しい声。
私はテレビを消して扉の外に聞こえるか聞こえないかそれぐらいの声でううん、ないよ。って答える。
「……わかった。行ってくるよ」
おじいちゃんの言葉の後に階段を下りていく音が聞こえた。
私はまたテレビを点けた。何となくチャンネルを回していると怪談の特集番組がやっていた。幽霊なんて全く信じてないけど少しは面白そうだからしばらく私はこの番組を見ることにした。
「あなたのお家のトイレに大西さんはいませんか?」
怪談番組の司会者が恐怖を煽るかのような口調でゆっくりと話した。
え? 大西さん? トイレの花子さんならわかるけど……。予想外過ぎる話に私はケラケラと笑っていた。この頃、滅多に笑わなくなったと思ったらこんなくだらないことで笑うなんて……って思った。
トイレの大西さんの話は面白そうだったからその話だけ見て私はチャンネルを回した。大西さんは関西弁で喋る禿げてるオヤジ。全然怖くない。って番組では言ってた。
私は幽霊としてみじめで可哀想だなと思った。だって人を怖がらせられない幽霊なんて可哀想じゃない? 幽霊の存在意義が半分以上もないんだよ? まあそんな幽霊いたら会ってみたいよ。って私は思う。
トイレの大西さんの話が終わったと同時に急におしっこがしたくなった。私はテレビの明かりを頼りに部屋の扉を開けた。
階段を下りた廊下の先にあるトイレ。トイレのノブに手を掛ける。ひんやりと冷たい金属の感触。私は扉を開けた。
「え……?」
「……はっ?」
トイレに入っていた何者かが背中越しに横顔を私に向けた……。
「ぎゃあああああああああ」
私は喉が一瞬にして枯れるぐらいの悲鳴……というよりも雄叫びのような叫び声を上げて床に尻もちをついた。
扉を開けた先に見知らぬ頭の禿げたオヤジが立ちながらおしっこをしている。おしっこを終えたオヤジが振り向いた。
「騒々しいわ! なんやねん!」
オヤジはなんだか不機嫌そうな口調を私に向けた。
「……なにこの禿げてるオヤジ」
私の視線の先に禿げてるオヤジが立っている。甚平のような和装をしたオヤジがだ……。
「ハ・ゲ・て・ま・せ・ん~。ちゃんと周りには髪の毛あ・り・ま・すぅー」
頭頂部だけ禿げているオヤジが何かを言っている……。
「…………」
時間が止まったかのように私は身体を固めてオヤジの頭頂部を見つめた。
「お嬢ちゃん、そこツッコむとこっ……」
まだ私の時間は動き出さない。
「…………」
「おーい、聞いとる~? お嬢ちゃ~ん」
頭の中が真っ白になった……。頭の中が真っ白になるというか頭の中の整理が追い付かない。禿げてる変態オヤジが人の家のトイレに入っていたら誰でも私みたいになるに違いない。やっと我を取り戻した私は正面にいる禿げてるオヤジに叫んだ。
「け、警察呼ぶよ! 早くうちから出てって!」
「ちょっ! お嬢ちゃん、それはひどない? お嬢ちゃんがわしを呼んだんやでー」
「なんで私が禿げてるオヤジなんか呼ぶのよ!」
「だ・か・ら~、ハ・ゲ・て・ま・せ・ん! てっぺん以外はふっさふっさですぅ~。触り心地なんてもうまるで羊毛絨毯やでっ」
ハゲオヤジは気持ち良さそうなもとい気持ち悪い顔で自分の髪を撫で回している。
「…………」
気色が悪い、気持ち悪いと思った。
「……だからなお嬢ちゃん、そこツッコむとこっ! ツッコみがいないボケはただの変人やんっ!」
しばらく気持ち悪い顔で頭を撫で回していたオヤジが我に返り私にキレた。
「なんで私があんたみたいなハゲてる変態オヤジにツッコみいれないといけないわけ?」
「うっわ! こっわ! 最近の子供こっわ!!」
一回、一回のリアクションがでかい禿げオヤジ。
「……じゃあ聞くけどその真ん中の禿げ頭はどう説明するわけ?」
「これはなぁ……」
一瞬黙ったあと禿げオヤジは上に着ていた甚平をいきなり脱ぎ始めた。艶のない、若干中年太りの裸体。オヤジは脱いだ甚平で頭頂部をこすり始めた。
へ、へんたい。って私が言おうとした瞬間、背筋を伸ばしたオヤジがお辞儀した。
角度は50度。直角。オヤジの禿げた頭頂部が私に向けられた。その瞬間、トイレの照明がオヤジの頭頂部に反射し私を襲った。
「太陽ぉぉぉぉぉですっっ!」
オヤジの叫びが廊下にこだまする。叫んだ後、オヤジは顔を上げた。気持ち悪い変な顔をしたオヤジの顔が私に向いた。そして何事もなかったように姿勢を元に戻すと「ふうぅぅ……」と汗を拭ったしぐさ、溜息をつくオヤジ。まるで大仕事でもやりとげたようなそんな満足気な表情。
「……はぁぁ? 馬鹿じゃないの」
私はオヤジに罵声を浴びせる。そう口にした私の顔はなんだか笑っているように感じられた。
「馬鹿ちゃいますぅー。馬鹿って言った方が馬鹿なんですぅー」
不細工な顔が人をおちょくるような口調で何かをほざいている。クッソ腹立つなこの禿げオヤジッ! そんなことを思っていると私はふと思った。私、笑ってた……。
「……お嬢ちゃんやっと笑ったやん。せっかくめんこい顔しとるんやからもっと笑わんと」
「ほ、ほっといてよ……」
今まで変態だった禿げオヤジが優しい笑顔を浮かべる。
顔が熱い……。私は顔をオヤジからそむけた。って照れてる場合じゃないっ!
「……って話がそれてるじゃん! 早く家から出てってよッ!」
私の言葉を聞くとふて腐れた表情をしたオヤジ。
「自分が呼んだくせに追い返すとかホンマひどない? ほな、もうええわッ」
「私、あんたみたいな禿げオヤジ呼んでないし!」
こんな禿げた変態オヤジ呼んだ覚えなんかない! そう思った私はオヤジを睨み付けた。
「呼んでないといわせへんぞ! わしは大西やで!」
「え?、大西?」
この禿げオヤジが口にした名前は聞き覚えがあった。家のトイレに出没する幽霊の大西さん……。
「せや! わしは大西や!。しかしハゲ、ハゲ、ホンマうるさいお嬢ちゃんやな。禿げはわしのあいでんてぃてぃーやぞっ!」
「……ぷっ、なにそれ」
私はまたこのオヤジに笑わされてしまった。こんなに笑った日はいつぶりだろうって思った。
「な、何よ」
私が笑うと禿げオヤジは二カッと笑った。
「いやなっ、お嬢ちゃんまた笑ったなって思ってな」
オヤジの言葉を聞いた私は恥ずかしくなった。優しい顔でそんなことを言うオヤジにどんな顔をすればいいのかわからない。
「まあ、お嬢ちゃんも笑ってくれたことやし、今日はもう帰るわ」
「え……」
私はオヤジの言葉を聞いて少しさびしさを覚えていた。
「ほなな、さいなら」
そう言ったオヤジはスーっとトイレから姿を消した。
私はしばらくの間誰もいないトイレの中を見つめた。
ゆ、幽霊なんかいるわけが……。でも実際に私は禿げたブサイクなオヤジを見たし会話もした。あのオヤジは本当に幽霊だったのか。いや錯覚かもしれない……。
私はさっきまで体験した鮮烈な出来事の所為でおっしこをしたいという感覚はとうに失せていた。
私はぼーっとしながら階段を上がり自分の部屋へと戻った。
部屋のベッドにうつ伏せになる私。
未だにあのオヤジの事を考えている私。
なんだたんだろう……。考えているうちに私は睡魔を覚え、目を閉じた。