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流星レイニー(1)


 年に一度しか恋人と会えないって、どんな気分なのかな。

 その一度さえ、毎年雨で駄目になってるじゃない。

 よく言われてる、会えない時間が愛を育てるってやつかしら。

 アタシは、会えない時間なんていらない。愛は勝手に育つものなんかじゃないって、よく知っているから。


「奈津乃、どうしたの?」


「ん? 天の川見てたの」


「天の川? 見える?」


 アタシは首を横に振る。

 都会の空じゃ、星なんて満足に見えないもの。

 ハルちゃんの部屋に泊まりに来たアタシは、先にお風呂に入らせてもらうと、ハルちゃんが上がるのをベランダで待っていた。

 濡れた髪に夜風が吹いて涼しかったけど、時間が経つにつれて、ただ暑いだけに変わっていった。


「エアコン入れちゃうからさ、おいで」


 部屋の中から、ハルちゃんがリモコン片手にアタシを手招きする。

 嬉しいなぁ、ハルちゃんが呼んでる。


「うん!」


 何も考えず、アタシはハルちゃんの体に飛び込んだ。

 腰に腕を回し正面から抱きつくと、丁度アタシの目の前がハルちゃんの胸になる。

 お風呂上がりで熱を帯びた体はまだ湿っていて、アタシたちの肌はぴっとりとくっついた。

 ほらね。

 一緒にいるほうが幸せ。

 ハルちゃんに触れているだけで、アタシの心臓は高鳴って、張り裂けそう。

 それなのに、このぬくもりはアタシをひどく安心させる。

 いきなり飛び付いたアタシにも動じることなく受けとめると、ハルちゃんは苦笑混じりにアタシの頭を撫でてくれた。


「窓開けっ放しだと、冷気が逃げちゃうだろ?」


 しょうがないなと呟いて、何度も何度も髪を梳きながら撫でてくれる。

 アタシは、腰に回した腕の力を強める。

 ハルちゃんの胸に顔を押し当てると、そこは随分と柔らかかった。

 アタシは、慌てて顔を上げる。


「ハルちゃんもしかして、ノーブラ?」


「え? うん」


 普段より随分柔らかいと思った!

 アタシは急いでハルちゃんと体を離すと、乱暴に窓を閉め、悲鳴を上げるカーテンを容赦なく引いた。

 ノーブラで窓開けっ放しで平気だなんて、信じらんない!

 状況が理解出来ないようで、唖然としているハルちゃんの眼前へと距離を詰める。

 アタシが人差し指を目の前に立てると、ハルちゃんは頭の上に疑問符を出しながらアタシの指を見つめた。


「ハルちゃんは自分が女の子って自覚が足りな過ぎ!」


「奈津乃みたいな可愛い子ならともかく、私みたいな奴誰が覗くんだよ」


「だから、それが駄目なの! ハルちゃんは女の子なんだよ!」


 アタシの強い口調に、ハルちゃんは苦虫を噛んだような顔をする。

 そう、ハルちゃんは女の子。

 背が高くて男勝りで格好良い、だけど本当は脆くて怖がりな、正真正銘の女の子。

 アタシはハルちゃんに甘えているけど、決して「彼氏」をハルちゃんに求めてはいない。

 アタシは、ハルちゃんを求めているの。

 ハルちゃんは女の子扱いをされることを、ひどく苦手としている。

 これは、この数ヶ月でわかったこと。

 多分、ハルちゃんはずっと男の子みたいに生きてきたんだ。

 そして、その生き方が原因で大きな失恋をしている。そんな気がする。

 アタシはどうしようもないことばかり繰り返すけど、その中で研かれた女の勘は間違いないと確信している。

 頑なに女ということを無視するハルちゃんに、何かあってからでは遅い。

 だから、自覚していてほしいのに。

 アタシは唐突に、ハルちゃんの肩を掴むと、足払いを掛け床へと押し倒した。

 さっきはアタシを簡単に受け止めたけど、不意打ちならこんなに簡単に上に乗れちゃう。

 ハルちゃんのお腹に跨ると、アタシを見上げる不安げな瞳と目が合った。


「奈津乃……?」


「駄目だよ、ハルちゃん……」


「っ……!」


 アタシはそっと、ショートパンツからすらりと伸びた太股に指先を這わせた。

 初めは肌の上を滑るように動かしていた指を、二本、三本と増やし、最終的には五本指全部で不規則にハルちゃんの太股を撫で回す。


「や、やめ……奈津乃っ……」


「くすぐったい? それとも、気持ちいい?」


「く、くすぐった……ひぁっ!」


 アタシはハルちゃんの耳元で、低く囁いた。

 アタシの声が、ハルちゃんの中に、深く深く堕ちていくようにと。

 ハルちゃんの返事を遮るために耳へと噛み付いてみれば、甘い声を出してアタシの胸を押し返す。

 ハルちゃんはくすぐったがりだからね。

 すぐに力が入んなくなっちゃうんだよね。

 アタシは甘ったるい声で囁いて、耳の輪郭を辿るように舌を這わす。

 その間も、太股を撫でる手は止めないまま。


「奈津、乃……!」


「んー?」


「だめっ……」


 アタシの下で弱々しく首を振る。

 いやいやと懇願するようなその仕草が、アタシの心にちくりと刺さった。

 嫌がるハルちゃんを強引に黙らせて行為に及ぶのは難しいことではない。

 だけど、そんなのハルちゃんのこと何とも思っていない性欲丸出しの馬鹿な男と同じじゃない。

 アタシはゆっくりと顔を上げて、太股からも手を離した。

 潤んだ瞳でアタシを見上げるハルちゃんは、安心した様子でそっと息を吐く。

 そんなハルちゃんに少し腹が立ったけど、仕方がないと諦める。

 肌を合わせるチャンスは、まだまだいつでもあるんだし。


「どれだけ自分が無防備かわかった?」


 アタシの問い掛けに、涙目のハルちゃんはこくりと頷く。

 本当にわかっているのかしら。


「ごめん。私も奈津乃が同じ事したら、気を付けろって怒ったと思う」


「わかってくれればいいの。……アタシこそ、ごめんね」


 しょんぼりと肩を落とすハルちゃん。少しはわかってくれたみたい。

 アタシは微笑みながら、ハルちゃんの鎖骨に手を置くと、体を屈めて無防備な唇にキスをした。

 柔らかいのに弾力がある、マシュマロのような唇に、触れては離れるだけのキスを何度も繰り返した。

 本当は歯を立てて、食い千切るようなキスをしたかったけど、そんなことしたらまたハルちゃんを泣かせちゃうから、止める。


「好き」


 唇が離れた一瞬に吐き出す言葉。


「ハルちゃん」


 言葉では足りなすぎるから、アタシ達は唇を重ね合う。


「愛してる」


「私も」


 ハルちゃんは吐き捨てるような速さで呟いて、自分からアタシの唇に触れてきた。

 逃がさないようにと両手でアタシの頭をしっかり掴んでいる。

 少し痛いくらいが、アタシには丁度よかった。




「七夕も近いし、短冊でも書かない?」


 深夜にテレビを見ていたら、ハルちゃんが思い出したように口にした。


「でも、笹ないよ?」


「うん。本物は無理だからさ、これ買ってきた」


 ハルちゃんが用意していたのは、この時期スーパーやコンビニで見かける七夕セットだった。

 小さな玩具の笹は子供騙しでしかないと思っていたけど。

 不思議、ハルちゃんが用意してくれたものだと本物の大きな笹よりいいものに見える。


「ハルちゃん大好き」


 嬉しくなって、アタシはハルちゃんへと抱きついた。

 いつものように、頭を撫でてくれるのが気持ちいい。

 ハルちゃんはアタシに抱きつかれたまま七夕セットを開けると、二つ短冊を取り出した。


「はい。あ、これペンもはいってる」


 用意いいなーと呟いたハルちゃんから、アタシは一枚の短冊とペンを受け取った。

 素早くハルちゃんから離れると、ハルちゃんに背を向けて短冊を隠す。

 後で見られるのはわかっているけど、願い事って書いている間は秘密にしたいじゃない?

 アタシの気持ちを察してか、笑いを堪えているハルちゃんの声が聞こえてきた。

 アタシは振り返らずに、頬を膨らます。


「子供みたいとか思ってる?」


「違うよ。……奈津乃は可愛いなぁって」


「……ハルちゃんって、そういうことさらっと言うよね」


「だって、本当だから」


 あまりにストレート過ぎて、さすがに照れる。

 好きな人に可愛いなんて言われたら、嬉しいものでしょう?

 アタシは赤くなった顔を誤魔化すように、ひたすらに意識を願い事に集中させた。

 願い事、か。

 いざ考えてみると中々浮かばない。

 だってアタシ、今の状況が一番幸せなんだもん。

 ハルちゃんが傍にいて、アタシを好きだって言ってくれる今以上の望みなんてないの。


「……」


 アタシの望み。

 今が、一生続いてくれたなら。


「書けた?」


「わっ!?」


「あ、書けてる」


「ハルちゃん! もう、いきなり覗かないでよ」


 ごめん、と笑いながらハルちゃんはアタシの短冊を手に取ると、玩具の笹へとくくりつけた。

 アタシはその横顔を、じっと見つめる。


「奈津乃、私と同じこと書いてる」


「え?」


 ハルちゃんはくしゃりと破顔し、自分の短冊をアタシへと差し出した。

 受け取った短冊に几帳面な字で丁寧に書かれていたのは、「ずっと一緒にいられますように」の文字。

 アタシは、息が詰まりそうになった。

 嬉しかった。

 嬉しかったと同時に、ひどく怖くなった。

 ねぇ、ハルちゃん。

 永遠なんてないんだよ。

 変わらないものなんて存在しないんだよ。

 アタシは、わかってる。

 願うだけじゃ永遠は手に入らないって。

 ハルちゃんは、気付いてないよね。

 このお願い事は、織姫彦星には叶えられないって。

 ハルちゃんは純粋だから、願えば叶うと信じてるよね。

 アタシはひどくゆっくりとハルちゃんの首に両腕を絡めた。

 全体重を掛けるように抱きつけば、ハルちゃんは驚いた様子で目を丸くする。


「アタシたちは、ずっと一緒よ」


 変わらないことを願うこと自体が、変わっていくことを意識していること。

 それが例え、無意識であっても。


「奈津乃……?」


「ハルちゃんの願いがこれであり続ける限り、アタシは傍にいるからね」


 アタシが、ハルちゃんの願いを叶えるよ。

 織姫彦星の仕事じゃない。

 アタシの使命。

 だから、お願い。

 ハルちゃんは変わらないことを願い続けて。

 貴方が変わりたいと願ったとき、アタシは貴方の前から消えないといけないから。


「私だって、傍にいる」


 少し、むっとした声。


「うん……」


 ハルちゃんに体重を預けながら、本日何度目かわからないキスをした。

 唇を離し至近距離で向かい合うのと、ハルちゃんのお腹が小さな声で「くぅ」と鳴くのは同時だった。

 ハルちゃんは、唇を尖らせアタシから目を逸らす。


「お腹空いちゃった?」


「……ん」


 照れ臭そうに頷いたハルちゃんの可愛さに、アタシは顔を近付けて頬に軽く唇を押し当てた。

 キスなんて慣れてるはずなのに、目を丸くして頬に手を当てながら体を引くハルちゃんが、凄く可愛い。


「コンビニでアイスでも買ってきてあげる。何がいい?」


「奈津乃一人で行かせられないよ! 私も行く!」


 勢い良く立ち上がったハルちゃんに続いて、アタシものんびりと正面に立つ。

 そして、満面の笑みを浮かべて言い放ってやった。


「だぁーめっ」


「どうして!」


「ハルちゃん、さっきの話忘れちゃった?」


 アタシは笑顔のまま、人差し指をハルちゃんの胸へと沈めた。


「ノーブラで外出なんて、恋人としては認められません」


「でも」


「だから、裕理でも誘ってくわ」


 ハルちゃんは不満そうに俯いていたけど、裕理の名前が出たことで、渋々ながらも頷いてくれた。

 信用されてるなぁ、裕理。

 ……ちょっと、妬けちゃう。

 アタシは財布の入った鞄を手に取ると、軽い足取りで玄関に向かう。


「アイス何がいい? バニラ? 苺?」


「バニラ。なかったら苺にして」


「りょーかい」


 玄関まで見送りに来たハルちゃんは、落ち着きなく視線を彷徨わせている。

 アタシは微笑を浮かべながら、首を傾げてみせた。


「どうしたの? そわそわしてる」


「奈津乃、やっぱり心配だから……」


「大丈夫よ。裕理誘っていくって言ったでしょう?」


 それにね、ハルちゃん。

 アタシを心配してくれるのと同じくらいに、アタシもハルちゃんが心配なのよ。

 夜道に女二人なんて、危ないじゃない。

 不本意だけど、裕理を誘ったほうがずっと安全。


「……気を付けて」


「今生の別れみたいな顔、しないで」


 しょげた犬みたいに不安げな目をされたら、押し倒したくなるじゃない。

 アタシはにこっと笑うことでなんとか我慢すると、片手を振ってドアノブを回し、開いた。

 まだしょんぼりしているハルちゃんを名残惜しく見つめながら、アタシは出来るかぎりゆっくりとドアを閉めた。

 そして、ハルちゃんの隣の部屋という非常に羨ましいその部屋のチャイムを鳴らした。

 鳴らしてすぐに出てこなかったから、二、三回連続で押してやった。


「はいはいはい! 聞こえてますって!」


 勢い良く開いたドアが、アタシの前髪を掠める。


「もう少しで当たっちゃうとこだったじゃない」


「それはない。奈津乃はギリギリ当たらないとこに立つような奴だからね」


 見透かされているのが、妙に腹立たしい。

 裕理の言う通り、開いてぶつかるような位置に、アタシは立たない。

 Tシャツに、おそらく高校ジャージを刷いた本来ならダサい格好であるのに、爽やかな印象を与えるところが尚更に腹立たしい。


「えい!」


「ちょ、蹴んな」


 当てる気のない弱々しい蹴りを繰り出せば、裕理は軽がると片足で後ろへ下がった。

 裕理は不満げにアタシを見つめると、「で?」と首を傾げた。


「俺今、アニメ見てたんだけど」


「もう二十五分過ぎてるから終わったでしょ?」


「次回予告見てたんだよ!」


 夜中だってことを忘れて声を荒げた裕理に、アタシは人差し指を唇の前に立てて、静かにとジェスチャーで示した。

 裕理は慌てて口元を押さえたけど、まだ恨めしげにアタシを見つめてる。


「いいじゃない。どうせ録画してんでしょ?」


「そうだけど、リアルで見たいだろ?」


「ところで、お腹空いてない? 一緒にコンビニ行きましょ?」


 何か言いたげに口を開き、裕理は何を言っても無駄だと観念し長々とため息を吐いた。

 もう、心が狭いんだから。


「いいよ、行く。春緒の分も買いに行くんだろ」


「もっちろん!」


「近いとはいえ、お前一人じゃ危ないしな」


 渋々といった様子で靴を履き、裕理は後ろ手にドアを閉めた。

 ドアの鍵を閉めると、裕理はアタシを振り返った。


「よし、行くか」


「えぇ」


 足音を立てないように注意しながら廊下を歩き、階段を降りる。

 階段の途中で、裕理が小さな声で「あ」と呟く。


「やば。財布忘れた」


「いいわよ、奢ってあげる」


 次回予告のお詫び、と振り返り片目を瞑れば、裕理は申し訳なさそうに視線を宙に仰がせた。


「あと、お供のお礼に」


「…………じゃあ、有り難くお言葉に甘えさせてもらおうかな」


 苦笑いで裕理は頷いた。

 男として女に奢ってもらうのはどうか、なんて考えたのかしらね。

 アタシと裕理は男女じゃなくて、友達なんだからそんなこと気にしないでほしいんだけど。

 結局頷く裕理の、アタシの意志を察して友情を尊重してくれるとこは、好き。

 ハルちゃんを好きなアタシとしては、羨む部分のほうが多いけどね!


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