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欠落フレンズ(1)


--この、男女!


 この言葉を、何年経っても私は忘れられずにいる。

 小学生の頃にクラスの男子が、何かの拍子に私の友達を泣かせた時だった。

 その頃は男女に力や体格の差なんてなかったから、私がその男子を負かした。

 その時に、言われた。

 ショックだったわけではない。

 自分でも男みたいだとわかっていたし、それでいいと思っていた。

 妙に納得してしまう部分はあった。

 だけど、どうしてだろう。

 ぽっかりと胸に穴が空いたような感覚が、私を襲った。

 友達の女の子は、みんながふわふわと可愛く見えた。

 優しく笑って、時々意地悪な男子に泣かされて。

 そういうのがすべて、可愛らしい。

 だけど、泣かされるのは可哀相だから私はよく泣かせた相手と喧嘩した。

 友達のことを守ってあげたいと思った。

 可愛らしい笑顔でいてほしかった。

 男の子みたいな自分だから、それでいいと思っていた。


 胸に原因不明の穴を空けたまま、私は早くも高校生になった。

 緩い校則に感謝して、私は二年に進級したと同時に髪を茶色に染めた。

 初めはあまり目立たないように、焦げ茶色。

 制服でしか穿かないスカートのむず痒さには、中学三年間で慣れた。


「おー、茶髪似合うじゃん」


 近所のユーリと合流して一緒に登校するのがお約束。

 ユーリは朝から笑顔で私の髪を指で弄ぶ。


「俺は黒髪に萌えるけどね」


「朝から萌えとか言うな。全く……母さんじゃあるまいし」


 私の母さんもオタク……本人曰く腐女子であり、ユーリとは話が合う。ジャンルは違うが、コアな者同士共感する部分があるらしい。よくわからないけど。

 そんな母さんも今朝ニュースに最近好きな声優が出ていたらしく、叫んでいた。


「さつきさん、相変わらずだなー」


「お前もな」


 他愛無い会話で時間を潰しながら、私たちはダラダラと学校に向かった。

 時々、「付き合ってるの?」と聞かれたりするけど、お互いにそんな気全くない。

 大切な幼なじみではあるけど、恋なんかじゃない。

 そもそも、男みたいな私に恋なんて似合わないだろ。

 幼い頃に言われた言葉は、私の中に根を張り、時間を掛けて心を侵食していた。

 見慣れた並木道。

 増える生徒。

 近づいてくる学校に、私の心は浮つき始める。

 理由は、わからなかったけど。


「おっす、ユーリに春緒」


「お、菅ヶ原じゃん」


「おはよー、菅ヶ原」


 後ろからの衝撃。

 振り返れば、そこにいたのはクラスメイトで友人の菅ヶ原だった。

 菅ヶ原は私たちの背中を叩くと間を擦り抜けて、振り返った。

 私より少し背が高くて、眉より上で切られた前髪は体育会系を連想させた。

 実際は帰宅部だったけど。

 利発そうに整った顔立ちは女子に人気で、誰にでも優しい好青年。


「二人とも、今日のホームルーム小テストって聞いた?」


「は? それ初耳」


「数学だったかな。ユーリはまぁ心配ないとして……春緒は大丈夫か?」


「……数学」


 小テストなんて、ヤバすぎる。

 丸腰で熊と戦うくらい無茶だ。

 不安に俯いた私の頭に、ぽんと正面から手が伸ばされた。


「大丈夫、俺も自信ない!」


 親指を立てて無邪気に笑うと、菅ヶ原はぐしゃと私の髪を掻き乱す。

 頭を撫でてくる男なんてユーリくらいしかいなかった。

 ユーリは昔から一緒にいた、私にとって兄みたいで弟みたいな存在だから、それ以外の男からそういうことをされるのはどうしていいかわからない。

 テストに対する心配から俯けた顔が、違う理由で上げられなくなった。

 男同士のスキンシップ感覚で頭を撫でられた場合はどうリアクション取ればいいんだ?

 気恥ずかしさと困惑で、私は俯いたまま。

 そうすると、菅ヶ原は私の頭を撫で続ける。

 嬉し恥ずかしの悪循環に捕われて、私は益々俯ききゅっと目をつむった。


(あぁもう! とっととどっか行け!)


 知らない感情が私の中で入り乱れる。

 菅ヶ原が近くにいると気持ち悪くて吐きそうだ。


「っ、いつまで触ってんだ!」


「痛っ!」


 いい加減に耐えられなくなり、私は菅ヶ原の腕を全力で払った。

 菅ヶ原は腕をさすりながら、恨めしそうに私を見つめる。


「何怒ってんのさ」


「煩い! べたべた触って気色悪いんだよ」


「……そこでセクハラって言わないとこがお前らしいよ」


 隣で呆れたため息を吐くユーリを一睨み。

 肩を竦めたユーリを見て、菅ヶ原は控えめに笑った。


「お前ら、ホント羨ましいよ」


「?」


 菅ヶ原の笑顔が、陰る。

 私とユーリの視線を感じてか、すぐに菅ヶ原はいつも通りの優しげな笑みを浮かべた。


「あ、こんなとこでだらだら話してないで、教室で勉強しようぜ」


「え、お、おい!」


 菅ヶ原は唐突に私の手首を掴むと走りだした。

 少し遅れてユーリも走りだす。

 手を引かれているせいでいつもと違うペースで走らされる。

 そのせいか、いつもより激しい息切れに襲われた。

 そうだ、別に緊張してるとかそういうことじゃない。

 菅ヶ原に触れられていることに動揺なんかしてない。

 そんなの、まるで、普通の女の子じゃないか。

 走っている間、私はずっと顔を上げられなくて。

 自分でもわかっていた。

 顔が赤くなっていることくらい。

 本当は気付いていた。

 結局自分も、ただの女だってことに。

 気付かないふりをしていたかった。

 今までずっと男に交じって、男みたいに生活してきたから、女の子がよくわからない。

 だから、この気持ちの正体が上手く掴めないふりをしていた。

 だってこれは、紛れもなくアレだ。

 女の子を輝かせ、綺麗で可愛くするアレしかなかった。

 高校生になって、私は初めて恋をした。



 大きくても小さくても、テストが終わった後の解放感というのは変わらず私たちを幸せにする。


「終わった~」


「それ、どっちの意味?」


「両方だよ」


 私の独り言で前の席だった菅ヶ原が振り返る。

 振り返らなくてもいいのに。

 私が落ち着かない。


「相原って数学苦手だっけ? バカだなー、あんなの公式覚えて、公式使って、公式解くだけだろ」


「公式は覚えてる!」


「それで解けないって……」


「相原って……理解力ゼロ?」


「煩い!」


 周囲の友達も会話に交ざり、がやがやと騒がしさが増す。


「あー、騒ぐな。じゃあ一時間目に遅れるなよ」


 担任の言葉も話半分に聞きながら、私たちは中身のない会話を続ける。

 その間も、何故か瞳は菅ヶ原を捉える。

 数秒見つめ、友達へ戻す。

 その繰り返し。


「春緒、昨日のバラエティー見た?」


「見た見た。あの女優可愛いよな」


「わかるわかる。相原って可愛い系好きだよな」


「滝に言われたくない。お前なんか可愛い越えてただのロリコンだろ」


 確かに!と笑い声が上がり、私も大声で笑い合う。

 男友達と気兼ねなく話す。

 ずっとそうやってきたのに、何が違ったんだろうな。

 菅ヶ原に対しては、どこか違うのは何でだろうな。


「あー、そういや今日朝から体育じゃねーか」


「やば、私睡眠足りないよ」


「春緒ならきっと大丈夫さ」


「何がどう大丈夫なんだよ」


 根拠なくガッツポーズをする菅ヶ原に、私はため息を吐く。

 呆れた顔が上手く出来ているだろうか。


「はー、着替えないと」


 机の横に掛けた体操着やタオルを入れたカバンを手に取り立ち上がる。


「何だよ春緒ー。お前、更衣室じゃなくてここでもいいだろ」


 言ったのは、斎藤。

 こういうからかいは私にとっては日常茶飯事。

 むしろ、それが友達とのコミュニケーションの一つだった。

 だから私も笑って流している。

 今回もいつも通り「じゃあそうするか」なんて冗談で返そうとしたんだけど、それより先に菅ヶ原が斎藤を軽く睨んだ。


「お前、さすがにそれは駄目だよ。春緒は女の子なんだから」


 女の子なんだから。

 その一言が、堪らなく耳に残る。

 嬉しいと感じてしまう自分が、恥ずかしくて仕方がない。

 バカらしい。

 こんなことで、ときめいてしまうなんて。


「な、何言ってんだか」


 そっぽを向いて、私は急いで教室を出ていく。

 これ以上留まれる程、私の心臓は強くない。



 一日が終わる頃には、全身がどっと疲れる。

 すぐ目の前に菅ヶ原がいるのが原因かもしれない。

 だから早く席替えしてほしいけど、やっぱり離れたくないとも思ってしまう。

 長い長いため息を吐きながら机に突っ伏していると、その頭を軽く叩かれた。


「……ユーリ?」


「大正解。ほら、帰るぞ」


「おー……」


 のろのろと顔を上げれば、ユーリは太陽のように笑っていた。

 ずっと見てきたこの笑顔に、私の疲れはゆっくりと溶かされていく。


「ユーリって凄いな」


「……は? 意味わかんない」


 ユーリが急かすように腕を引っ張るから、私も立ち上がった。

 カバンを取るために少し屈むと、目の前にそのカバンが突き出される。


「ほら。行くぞ」


「ん。さんきゅ」


 本当にユーリは私の先へ先へと行動して、助けてくれる。

 些細なことから悩みの相談まで、その守備範囲は広い。


「ユーリって最近妹キャラ萌え?」


「はぁ? 俺は妹キャラには萌えないよ。ほら、妹キャラは甘えるのに慣れてるじゃん。俺はそういうのより、甘え方がわからなくて強がっちゃうような子のほうが萌える。断然、萌える!」


「ごめん、もういい」


 ほんの一言から熱く語りだすユーリ。

 忘れてた、こいつはこういう奴だった。

 私とユーリで、並んで教室を出ていく。

 ここまで一緒にいると、それが当たり前になっていって、ユーリがいないなんて想像出来なくなる。

 私にとって、兄のようなユーリ。

 そのユーリなら、今の私の訳のわからない苦しさからも助けてくれるような気がした。

 グラウンドに響く野球部の掛け声が、下駄箱でも聞こえた。

 バットとボールのぶつかる音、人の声。

 靴を履き替えて外に出ると、頭の上からトランペットやトロンボーンの音が降ってきた。

 ふと顔を上げれば、今日は綺麗な青空。

 雲一つない快晴に、私の頬は緩んだ。


「何、にやにやしてんの?」


「え? いや、空が綺麗だなーって」


「空?」


 ユーリも空を見上げた。

 その頬が、緩む。


「ホントだ。気持ちいい空だ」


 空が綺麗だった。

 それだけのことだけど、誰かと共有出来るっていいな。


「ほら、帰ろう」


「あ、私腹減った」


「じゃあ、コンビニ寄って公園で食ってこうぜ。空綺麗だし」


 何か食べながら話してみようと思った。

 助けてと言えば、ユーリはきっと手を差し伸べてくれるはずだから。



 昔、よく行き倒れていたお兄さんを拾った公園。

 広くて緑の多いこの公園は、子供連れよりも散歩目当ての人がよく通る。


「……え、菅ヶ原?」


 ベンチに並んで座り、私はコンビニのチキン、ユーリはポテトを食べていた。

 話を聞いてほしい、と切り出して今までの変な感じを一通り説明すると、ユーリはきょとんとした顔で私を見つめた。

 その視線が恥ずかしくて、居たたまれなくなり俯いた。

 頼むから、何か言ってくれ。

 ユーリは口を開けたまま、私を見ている。

 沈黙が、重たい。


「……春緒、菅ヶ原が好きなの」


「わ、わかんないから困ってるんだよ!」


 ようやく発した言葉がこれ。

 私はますます居たたまれなくなり、俯いたまま怒鳴る。

 わかんないからこんなに困ってしまうんだ。


「好き……なのかな?」


 手の中のチキンを弄びながら、小さく呟く。

 誰かを好きになるなんて、思いもしなかった。

 そもそも恋なんて、するもんじゃないと思っていたから。

 笑われるかもしれないけど、私、本当に今まで誰かを好きになったことなんてなかった。

 恋愛に関する経験値はゼロに等しい。

 だからなのか、これが恋なのかの判断すら出来ずにいた。


「話聞いた限りだと……恋する乙女って感じだけど」


「お、乙女? 止めろよ、気持ち悪い!」


 恋する乙女は、可愛い。

 好きな人の一挙一動に喜怒哀楽を激しくする姿は応援したくなる。

 が、それが自分となれば話は別だ。

 そんな自分は自分ではないみたいで気持ち悪い。


「ほら、今だって春緒顔真っ赤。可愛いよ、普通に」


「な、な……!」


 私は両手で頬を押さえると、ユーリから顔を背けた。

 真剣に悩んでいるのにからかうなんて、性格が悪すぎる!

 しばらくそのまま背を向けていたら、ユーリはぽつりと呟いた。


「春緒が恋かー……。お前のお兄ちゃんとしては、悪い虫がつかないようにもう少し見守るつもりだったんだけどな」


 くせのある私の髪を、ユーリの手がくしゃりと撫でた。

 本当の兄弟のようで、安心してしまう。


「兄貴は心配性だな」


「仕方ないだろ。春緒は初恋なんだから。経験値ゼロだぞ?」


「う、煩い。ユーリだって彼女いないくせに」


「俺はいいの。手の掛かる妹とゲームの中の恋人がいるからさ」


 やっぱり、ユーリは味方だ。

 それを感じる手のぬくもりを、しばらく私は振り払わないでいた。

 そっと、様子を伺うようにユーリを見上げる。

 ユーリは、困ったように眉をハの字にして微笑んでいた。


「何かあったら、すぐ俺を頼っていいから。わかった?」


「う、うん」


 目を背けたくなる程辛そうな微笑の理由なんて、聞けない。

 傾いた太陽は柔らかな橙色で辺りを包み込んだ。

 その光に照らされるユーリは、世界中で一番優しい人間のようだった。


「ユーリは、好きな人っていない?」


 どうせ、二次元の話をするんだろうけど。

 そんな風に思いながら話を振る。

 私の予想に反して、ユーリは苦笑したまま私をじっと見つめていた。

 痛いくらいに真っ直ぐな視線に、私は思わず後退る。


「……いるよ。好きなヤツ。ずっと、ずっと好きだったヤツが」


 私が後退して開いた距離を、ユーリはゆっくりと詰めた。

 何の冗談……と笑い飛ばせない。

 ユーリの目は、真剣だ。


「ちょ……ユーリ……って、うあっ!?」


 まだベンチが続いていると信じ下げた手が、不運にもベンチを過ぎてしまいそのまま私は後ろへと引っ繰り返った。

 全体重を片手に掛けていたから、見事なまでにあっさりと体はベンチから落ちる。

 芝生に、背中からダイブだ。

 あぁ、背中が痛い。

 しかも制服、汚れた。

 最悪だ、あぁもう。

 うだうだと頭の中で愚痴を吐く私の上に、ユーリの笑い声が降ってきた。


「ぷっ……くく……漫画みたい……」


 元はと言えば、ユーリのせいだろ!

 私は肘で上半身を起こし、じぃっとユーリを睨み付けた。

 今の私なら、目で人を殺せる。

 それくらいの気持ちで睨み続ける。


「ごめん、悪かった。ちょっとからかってみたかっただけだよ」


「もっと、誠意を籠めて謝れ。ばか!」


 腕を振り上げて怒鳴ると、ユーリは嬉しそうに笑みを零した。


「春緒さんすいませんでした。お詫びにアイス奢ります」


「ハーゲンダッツ……」


「……わかった」


「……嘘。ジュースでいいよ」


 本気で頷いたユーリに、呆れて笑みが零れた。

 それを見て、ユーリも笑う。

 昔から、私たちは変わらず笑い合ってきた。

 それはこれからも変わらずに続いていく。

 私は馬鹿みたいにそう信じていた。

 変わらないものなどない。

 そんな当たり前の法則さえも無視し、自分にとっての幸せの中で生き続けられることを願っていた。



 我が家の夕飯は騒がしい。

 成長期の弟と、負けず嫌いな兄貴がおかず争奪戦を繰り広げ、母さんは七時のアニメを見ながら歓声をあげる。


「今週も格好いいわぁ~……。お母さん、この子の嫁になりたい」


「……」


 母さんの隣で、父さんは黙って箸を進める。

 一回り以上も年下の美少年イケメンキャラに、一般的な中年男性が敵うわけがなかった。

 不毛な両親の姿を横目に最後の唐揚げに箸を伸ばしたが、唐揚げは横から弟に奪われてしまう。


「……」


「あ、おい冬斗ずりぃぞ! お前唐揚げ4つめだろ!」


「はぁ? いちいち数えるなんて意地汚いんじゃない?」


「お前……最近生意気!」


「はぁ……素敵」


「……」


 唐揚げのあった場所を寂しげな瞳で見つめ、父さんはため息を吐く。

 弟の冬斗は兄貴の文句を遮り、再びおかずに手を伸ばす。


「春緒、ぼさっとしてると俺らの夕飯なくなるぞ!」


「え、あ、あぁ」


 私、二人ほど食べないんだけど。

 隣に座る兄貴にど突かれ、私は手近な豚肉のしょうが焼きに箸を伸ばす。

 口に入れると広がる生姜の香りと甘辛なタレの加減が絶妙に豚肉と絡み合い、ご飯とよく合う。


「美味しい!」


「……そうか」


 素直に感想を口にすると、父さんが微かに微笑んだ。

 うちはどちらかというと父さんの方が料理が上手だ。

 今日のおかずは、父さんが作ったのか。

 ようやくアニメが終わり、母さんは満足そうに食卓を見渡した。

 兄貴と冬斗のおかげで、ほとんどの皿がきれいさっぱり平らげられていた。

 母さんは満足気な笑みを浮かべ、体をぴったりと父さんにくっつけた。


「ふふ、やっぱり龍之介さんのご飯は美味しいのね。秋良も冬斗も、いっつも全部食べるもの」


「……俺はお前の料理も好きだ」


「まぁ。じゃあ、明日は頑張っちゃうわね」


 照れ臭そうな父さんの呟きに、母さんは嬉しそうな声を上げた。

 さっきのイケメン美少年も、実在する料理上手で寡黙な愛妻家の前では存在感を失ってしまうらしい。

 本当に仲がいい夫婦だと思う。

 誰かを好きになるってことは、私も誰かとこうなるってことだろうか。

 私と母さんは違う。

 それはわかっているけど、私は誰かと幸せそうに笑い合えるのかな。

 好きな人と笑い合い、幸せな時を過ごしていく。

 思えばこの二人は、本当に理想的だ。

 父さんが母さんを好きで、母さんもその愛情にちゃんと応えている。

 私には、それが出来るのかな。


「春緒、どうかしたの? 最近ちょっと元気ないわよ?」


「そう?」


「うん。……もしかして、好きなキャラが死んじゃった?」


「……母さんじゃあるまいし」


 私も漫画は読むけど、好きなキャラが死んだくらいじゃ落ち込まないよ。

 呆れながら答えると、父さんから体を離し母さんは頭を抱えて首を振った。


「信じられない……春緒は好きなキャラが死んでも大丈夫なの? お母さんはそんな子に育てた覚えはありません!」


 ……私、よくこの母親でオタクに育たなかったな。


「母さん、それなら春緒より裕理のほうが通じるぜ?」


「そうなのよ。裕理くんはちゃんとしたオタクだっていうのに……」


 兄貴の言葉に頷き、そして首を傾げる母。

 ちゃんとしたオタクって何その不可解な日本語。


「どこで間違えたのかしら……」


 どうやらこの母親は、娘までもオタクに染め上げる予定だったらしい。

 兄貴と冬斗は、笑いを堪えている。


「春緒が二人のおかげで男勝りな子に育ったときには、ボーイッシュ萌えで嬉しかったのに……」


「娘に萌えるな! 気持ち悪いよ、母さん!」


 私が男みたいに育つことを楽しんでいたのか、この母親は。

 でも、正直なところそれには感謝している。

 だって、私の個性を尊重してくれたってことだろう?

 男だから、とか。女だから、とか。

 そういうの、無視して、私らしく育ててくれたってことだろ?

 だから、ちょっと付いていけないときもあるけど、母さんと父さんには感謝してる。

 女らしくしなさい、なんて言われたらきっと反発していた。

 まだ頭を抱えている母さんを横目で見、冬斗はため息を吐いた。


「ねーちゃんもう高校生だろ? そうなれば悩みなんて一つしかないよ」


 そんなのもわからないの、と呆れた様子で冬斗は顔の前で人差し指を振る。


「恋の悩み、でしょ?」


「は、はぁ?」


 冬斗の指摘に、私は動揺して持っていた箸を落としてしまう。

 兄貴と母さんは興味深そうに顔を輝かせ、父さんも黙って私を見ている。


「そ、そ、そんなんじゃない!」


「やだ、春緒真っ赤よ! 図星なのね? そうなのね!」


「そうかそうか、春緒もついに自分の気持ちに気付いたか」


 兄貴の言葉に、首を傾げる。

 ついにってどういうことだ?

 確かに私はユーリに話すまで自分の気持ちを認められずにいた。

 まだ家族相手に自分の恋心は認めたくない。

 そんな私の事情を、兄貴が知ってるわけないよな?


「……ついにってどういうこと?」


「は? だから、お前、昔からユーリのこと好きだったんだろ?」


「……は? ユーリ?」


 どうしてそこでユーリが出てくるんだ。

 しかも、私がユーリのことを好き?

 幼なじみを好きなのは、当たり前じゃないか。

 黙って首を傾げたままでいると、兄貴も私と同じように首を傾げる。


「裕理じゃねぇの?」


「というか、何でユーリ?」


 兄貴と冬斗が、同時にため息を吐いた。


「ダメだ、ねーちゃん。これじゃあ裕理くんが可哀相」


「は?」


「あー、あー、冬斗の言うことは気にすんな。……しっかし、お前が恋かぁ」


 兄貴の生暖かい目が、気持ち悪い。

 これ以上ここにいたら、何を言われるかわからない。


「ごちそうさま!」


 私は勢い良く立ち上がり、二階へと退却した。

 母さんや兄貴の呼び止める声が聞こえたが、無視。

 勢い良く扉を開けて、部屋へ飛び込んだ。

 部屋で一人、今日のことを思い返す。

 思い出すのは、菅ヶ原の笑顔。

 誰の中にも入ってくる、屈託のないあの優しい笑顔。

 どうして、菅ヶ原なのか。

 そんなことはわからない。

 わからないけど、菅ヶ原に惹かれている自分をもう隠すことは出来ない。


「あーっ、もう!」


 長くお世話になっているシングルベッドにダイブする。

 弾むスプリングが衝撃を吸い込み、私の体を守った。

 まだ気恥ずかしいけど、全然慣れないけど、少しくらいは認めてみよう。

 小さな一歩と共に、ゆっくりと目蓋がくっついていった。


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