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孤独なシーソーゲーム その4

祇園祭の出来事を追及

 順平を呼び出したのはいいが、まだ僕は迷っていた。問い詰めるかどうか、を。

前期試験が済んでからはバイトに忙しかったこともあり、互いに連絡を取っていなかった。この男はまだ、自分のした卑劣な行為がばれているのを知らない。女の美里ちゃんが自ら過ちを告げる可能性は低いと楽観しているはずだ。僕が心に収めておけば、これ以上、誰も傷つかないかもしれない。それに、美里ちゃんに心配するなと約束した手前、話を蒸し返したくはないという気持ちが強い。一方では、けじめを付けさせねばという正義感が顔をのぞかせる。電話をしたときから腹は決まっていたのに、いざ順平を前にすると、どうしていいのか分からなかった。

 「久しぶりに俺の顔でも見たくなったのか。寂しがり屋の氷室くん」順平は何事もなかったように減らず 口をたたく。そしてモスバーガーをかじりながら「暇だ」と主張する。

 「どうせだったらカフェにしてくれよ。女の子が多い店で目の保養くらいはしたいだろ」

 「お前はいつも女のことしか言わないな。脳みそを覗いてやりたいよ」

 「花の大学生だから当然だろ。俺の予定では、今ごろ浜辺で女子に囲まれて盛り上がっているはずなんだよ」

 僕は不覚にも詩織の水着姿を想像してしまった。

 しかし、こいつはいつの時代を生きて来たのか。その昔、花の女子大生なんていうキャッチフレーズが流行っていたけど、男子大学生が世間の注目を浴びた記憶などない。それに今は女子高生が一世風靡している。ファッション、生活スタイルから風俗に至るまで話題に上らない日はないくらいだ。さっきたまたま見たネットニュースのトップにもJKリフレ摘発という文字が踊っていた。僕の頭の中にいる当事者の二人を比べても、優先順位はお前より美里ちゃんが上なのだ。

 望んでいる話題に持っていこうとする。しかし、順平はしっぽを出さない。のらりくらりとバイト仲間の女の子が可愛いだの、明後日の合コンが楽しみだとか、近況報告をするばかり。反省する様子もないし、これでは埒が明かない。祇園祭から1週間以上も経っているので、僕との約束を忘れているのか。そもそも後ろめたい気がないのかもしれない。だとしたらやっかいだ。何かのはずみでポロリと美里ちゃんとの関係を白状してしまう危険がある。やはり、こやつをこのまま野放しにしておくことはできない。詩織や北山先輩の耳に入るのだけは避けたい。お灸をすえて口封じをしておかねば。

 ようやく決心した僕は、とりあえず鎌をかけてみる。

 「順平さ。祇園祭の日はどうしてた?」

 少しだけれども顔色が変わる。「ああ、宵山の日は観に行ったよ」

どうやら、すんなり白状する気はないみたいだ。それなら、次は変化球を投げてみる。身体に一度向かってからストライクゾーンに曲がり落ちる大きなカーブを。

 「俺はサークル仲間と一緒に行ったけれど、架純がお前を見たっていうんだよ」

 「ああ、そうか。どこで見たって?」

 「三条大橋の上。俺は確認できなかったけど、女連れだったそうじゃないか。しかもかわいい子と。まさか俺の知っている子じゃないよな?」

順平は時間を稼ぐようにアイスコーヒーをちびちびと飲む。子供のような仕草ではあるが、手に力が入っているため、やわらかいプラスチック製のコップがへこんでいる。

最初は遊び球、そして続けざまの変化球でツーストライク。順平は完全に追い込まれている。最後はど真ん中のストレート。これで終わりだ。

 「あのさ、正直に言うけど、美里ちゃんに全部聞いたんだよ」

普段は血色のいい遊び人の顔が真っ青になった。茶色い液体がストローから逆戻りする。

 「どこまで?」――「だから全部。押し倒されたのがお前で本当によかったよ」

さすがに順平も観念したようだ。肩の力が抜け、塩を掛けられたナメクジのように、このまま溶けるんじゃないかと感じるぐらい、へこんでいった。その姿を見ても同情の欠片すら浮かばない。すべてお前が悪いのだ。

 「なにか、俺に言うことがあるだろう」

 「………」しばしの沈黙が流れた後、順平は「ごめん」と謝った。

 「俺に連絡するって約束したよな。お前を信じて、詩織との込み入った事情まで説明した。こんな形で裏切られるとは思ってもみなかったよ」

 「俺が悪かった。すべて俺の責任だ。許してくれ」順平は潔く頭を下げた。

茶色く染めた髪の毛にストローがささる。『彼女に誘われた』なんて弁解したら、一発殴ってやるところだった。美里ちゃんにも非があるとは一言も発しなかったので、いくらか救われた気がした。

 「もう彼女には絶対に会わない。約束する」

僕の目の前で、手早くスマホを操作して美里ちゃんのデータを全部削除した。

 「彼女に謝罪はしないのか?」

 「相手の気持ちを考えると、このまま消えた方がいいかなって。ゴメン」

 「じゃあ、俺から謝っておいてやる」――「すまん。恩に着るよ」

 「それともう一つ」僕は意地悪して大きなタメをつくり、ミリオネアのみのもんたをまねて睨んでやった。「美里ちゃんの元カレは北山先輩だ」

今度は顔がひきつるのが分かる。表情豊かなやつだ。

 「ああ勘違いするなよ。あくまでも元だからセーフだ」

なにがセーフだか分からないが、順平は少し安心したようだ。ただ納得できないような顔をしていたので、この複雑な関係はまったくの偶然だったことを説明してやった。

 「もう察しが付いているだろうけど、お前のために念押ししておいてやる。美里ちゃんとのことは絶対に口外禁止だ。もちろん詩織に知られてもまずい。美里ちゃんは納得しているから3人だけの秘密だ。いいな」最後は脅しをかけるように口止めした。

 「わ・わ・わかった」最後まで順平は開き直ることもなく、終始反省した様子だった。今回ばかりは懲りたようなので、お灸をすえるのはここまでとした。


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