表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/16

3 皮肉なシーソーゲーム その1

後々のキーポイントとなる新たな登場人物が加わる

3 皮肉なシーソーゲーム


 「昨日さ、高校生と合コンしたんだよ。お前も来ればよかったのに」

 授業が始まる前の貴重な時間。くつろぐはずだった朝のコーヒータイムに邪魔が入った。朝っぱらから女の話は正直きつい。まったく懲りないやつだ。僕が参加できない立場なのを承知の上で、わざわざ自慢してくる気が知れない。こちらとしては、ちっとも羨ましくないので対処に困る。ただ聞いてほしいだけの戯言に付きあってはいられない。いつもの通り、「あ、そう」と軽く受け流す。

 「もっと反応しろよ。JKだぜ、JK」

 「俺はロリコンの趣味はない」バッサリと切り捨てるつもりだった。

 でもそうはいかなくなった。「女子高生のメアドゲット」と目の前に押し付けられたスマホには眼を疑う文字。アドレス帳に保存された名前は、烏丸ミサトだった。

 「詳しく聞かせろ」僕は身をのり出し、無意識のうちにヘラヘラする順平の左肩を掴んでいた。順平は 何事かと驚きの表情を見せたが、僕の急変ぶりを目の当たりにし、ようやく事態が呑み込めたようだった。

 「まさかと思っているだろ。そのまさかだよ。同姓同名。お前、なんで今になって気づくんだ? 烏丸なんて苗字、そんなにないだろ」

 僕の頭から別人の可能性は消えていた。なぜだか、はらわたが煮えくり返る。姉を苦しめておいて、大学生と合コンだと。理屈を抜きにして、彼女の行動は許せなかった。

 「面目ない。合コン中はミサトとしか名乗らなかったんだ。俺は妹の存在すらしらないし。別れ際にメアドの交換をしたんだけど、完全に酔っぱらってた」

 事実を知らされた順平の顔が見る見るうちに青ざめていく。

 「お前、もしかしたらエッチなことしたんじゃないだろうな」

 両手を前に突き出し、待ったのポーズをとる順平。この慌てっぷりはあやしい。

追及すると、王様ゲームをやったことを素直に吐いた。『お前には関係ないだろ』と反撃に出ないところが、感性のままに生きるこの男らしい。ゲームの内容も軽いものだったので、この場は許してやることにした。冷静になると、僕が目くじら立てて怒る理由もないのだが。ただ、愛する人の妹というだけで、純潔を守りたいという意識が働いてしまう。さっきまで、この女は許せないと思っていたのに。これも男のサガなのか。

 それにしても腑に落ちない。曲がりなりにも学内で北山先輩に次いで信頼している順平の合コン相手に、詩織の妹がいるという偶然。どう考えたっておかしいに決まっている。

 もしかして――嫌な空想が頭をよぎる。これは罠に違いない、と考える方が理にかなうのだ。難しい顔をしていたのだろう。「メアド消そうか?」と順平が珍しく下手に出る。迷うことなく「いや、ちょっと様子をみよう」と即答した。

 彼女から連絡があったら、すぐに知らせるよう頼むと、順平は快諾した。

 「それでミサトはどんな感じの子だった?」

 「すっげー美人だった。さすがは詩織ちゃんの妹だ」

 「そうじゃなくてナ・カ・ミ。性格を含めた様子を教えてくれ」

 「性格といわれてもねー」

 そんな真剣に考えることじゃないだろ。僕はイライラしながら返事を待つ。

 「4人全員が高校生だったんだけど、群を抜いて大人びた感じの子だった。物事を達観しているというか、油断したら神秘的な魅力に引き込まれていきそうな気がした」

 「そうか」と軽く相槌を打つ。

 「なんでそんなに気にするんだ? 詩織ちゃんの妹っていうだけじゃないか。いまどき高校生が合コンするなんて珍しくもないだろ」

 もしも連絡があったら情報をもらわねばならない。それと口の軽いところがある順平だ。事情を知らぬままでは、妹に余計なことを言いかねない。口止めの意味も込めて、詩織とミサトの冷めた関係を手短に説明した。すると、順平は納得したような素振りを見せる。

 「まあなんだ。お前が描いたシナリオでは、俺は完全な〝噛ませ犬〟ということだな。で、彼女の意中の人、つまり陽斗君が来なかったので、当てが外れたわけだ」

順平はいつも気分が乗らない際は、『まあなんだ』と前置きする。あと、何かをごまかしたい場合も。よそよそしい態度になるから単純で分かりやすいヤツだ。さっきまでのハイテンションはどこへやら。落ち込みようは半端じゃなかった。

 詩織のことを相談しようと、北山先輩を路地裏の喫茶店に呼び出した。お気に入りの窓際の席が空いていたので迷わず着席する。昼食時とティータイムのちょうど間。客足が遠のく2時に待ち合わせをした。マスターの心遣い、挽きたてのコーヒーの香り、店の雰囲気すべてが僕の心を穏やかにする。でも今日は腰を下ろしてからずっと違和感があった。そうだ、いつもと選曲が違うのだ。珍しいことに邦楽が流れていた。スーパーフライの愛をこめて花束を。力強いパンチの効いたヴォーカルを聴くと、なぜかロニー・ジュームス・ディオの歌声が頭をよぎる。天から授かった、たぐいまれなるスーパーヴォイスによる伸びやかな高音での熱唱は、心臓を貫き、背筋をシャキンとしてくれた。新聞で訃報を見たときは、思わず「エッ」と声に出してしまった。その日は、部屋にこもって好きだったブラックサバスやレインボーのアルバムをかけて追悼したのを思い出す。

 見慣れない店員がオーダーを取りに来た。新しく入ったアルバイトなのだろう。この店に似合う落ち着いた感じの眼鏡を掛けた女の子。言葉遣いも丁寧で好印象だった。店員の態度ひとつで気に入っていた店を敬遠するようになるのは、一般的にもよくある話だ。この子なら憩いの場を奪われる心配はなさそうだ。僕はブレンド、先輩はレーコー(アイスコーヒー)を頼んだ。マスターにオーダーを通す声が響いた。

 「なんだよ、あらたまって」

 呼び出したものの、僕はどこまで話そうか迷っていた。普段の言動から先輩は、僕と架純が交際中だと思い込んでいる節がある。詩織の存在自体まだ知らないのである。順を追って説明するか、一般的な見解を求めるか、踏ん切りがつかないでいた。

 「先輩のこと、信頼して相談したいんですが」

 「あのな、そのつもりで呼んだんじゃねーのか。もったいぶってないで本題に入れ」

 氷をかき混ぜる音をかき消すようなハードナンバーに切り替わる。ギターが印象的なタマシイレボリューション。どこかの放送局がワールドカップサッカーのテーマソングに使っていた曲だ。バラードもいいけど、人に相談事をするようなときは、ハードなナンバーで景気をつけてもらう方が、迷った心を断ち切れそうな気がする。

 そして僕は「じゃあ」と言って、架純との誤解をとくことから始めた。

 「架純との関係を誤解しているようですが、僕らは付き合っていません」

 先輩は驚きも肯定もせず、「それで」と言った。

 「好きな子がいるんですが」と前置きして、詩織がうちの学生寮に越してきたことや、礼拝堂で打ち明けられたことを順番に説明した。先輩は真剣に聞いていたが、妹に恨まれているというくだりから、急に落ち着かなくなり、ついに首をひねりながら口を挟んだ。

 「氷室、名前は詩織さんだっけ。その子、ネスレ女学院に通っちゃいねーよな」

 妙な言い回しだった。まるで、そうだといけないような。しかし、ここは「そうですよ」と認めるしかなかった。先輩は大きなため息をつき、「あー」と店中に響き渡るような声を出して天井を見上げた。もたれたはずみで椅子の前足が浮き上がり、そのまま後ろへ倒れやしないかとヒヤヒヤする。

 「なんてこった。世間は狭すぎるぜ、まったく。よりによってお前の知り合いだったとは。しかも相談に来るくらい真剣な相手なんだよな」

 意味が分からず呆然としていると、椅子をカタンと鳴らして、今度は勢いよく僕の方へ突っ込んできた。「その妹の名前は美里だろ」

 訳が分からないまま、自分の顔がこわばっていくのがわかる。霊媒師に『あなたには背後霊がいる』と指摘されたようなゾクゾクした気分になり、どこからともなく冷や汗が噴き出す。声も出せない様子を見て、先輩は水の入ったコップを差し出し、「落ち着いたら続きを喋ってやる」と言った。「美里は、俺が付き合っていた彼女だ。いわゆる元カノ。半年ばかりは猫をかぶっていたんだが、ある日を境に、姉貴の悪口を言い始めてな。まあ姉妹なんだから喧嘩もするだろうと、最初は黙って聞いていたんだけど、しまいに腹がたってきて別れたんだ」

 やっと合点がいった。信じられない気持ちを一旦懐に収めて、その先を促した。

 先輩によると、妹は相当、詩織のことを憎んでいたらしい。電話で呼び出しておいて『私、行かなーい』と、待ち合わせ場所が見える茶店で姉の様子を窺いながら笑っていたこともあったそうだ。先輩が愛想を尽かしてふったのも当然だ。そもそも、正義感の強い人が、なぜそんな執念深い女とくっついたのか。想像の域を出ないが、ある程度の欠点は許せてしまう容姿の持ち主なのであろう。なぜそこまで執拗に姉を苦しめるのかという疑問を払拭したくて、僕は先輩が知っている限りの情報を引き出そうとした。が、先輩は思いもよらぬストップを掛けた。

 「これ以上は止めておこう。お前がつらくなるから。たぶん詩織ちゃんも他人から秘密を洩らされることは望んでいないはずだ」

ここまで話しておいて口をふさぐのは先輩でも許せなかった。僕を気遣っているのだろうが、心の中で渦巻く闇の感情を抑えることはできない。何かを知っているはずだ。

 「詩織の涙を見た時点で覚悟はできています。何を聞いても彼女を嫌いになることはありません。そんな恋なら、初めから好きになったりはしません。先輩が僕に教えたくない特別な事情があっても知りたいんです。最後まで話してください。お願いします」

 僕は信念が伝わるように語気を強めて懇願し頭を下げた。すると、先輩は気迫に押されたように少したじろぎ、右手を鼻にあてながら「わかったよ」と了承してくれた。

 「お前がそこまで言うなら。でも本人には悟られないようにしろ」

 先輩と別れた後、まっすぐ家に戻り部屋に篭った。詩織に会ったら、どう対処すればいいのだろう。黙っていようか、正直に話すとしても、どうやって切り出せばいいのか。詩織はどんな顔をするだろうか。誰から聞き出したのかも説明が必要だろう。詩織の涙を思い返すと、今にもすぐに飛んでいきたいが、勇気の翼は生えてこない。

 それからというもの、寝ても覚めても頭に詩織の悲しげな顔がこびりついて離れない。これが本当の恋なのか。秘密を知ってから、詩織のことがいっそう愛おしくなった。ふらついていた気持ちが頑丈な鉄の扉で固められ、架純へとつながるルートが強制的に遮断されていく。まるで有明海の干拓事業で諫早湾の水門が次々と閉じられていくようだ。つかず離れずの関係なら問題ない。勝手な理屈をこねくり回し、架純の存在を遠ざけようとする。それがお互いにとっても、そして詩織を想う心に嘘をつかないためにもベストな選択なのだ。そして心に誓う。もう学校以外では、架純と二人きりにならない、と。

 しかし、それは十日後に、もろくも崩れ去るのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ