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孤独なシーソーゲーム その8

長編の恋愛小説です

どうぞお立ち寄りください

美里ちゃんとの約束を果たすため、お盆も実家に帰らなかった詩織を教会に呼び出した。胸の内をさらけ出すにはピッタリな空間だと思ったからだ。僕にとっては子供の頃から出入りしている慣れ親しんだ安心できる場所。彼女から妹との不仲を明かされたのもここだった。荘厳な雰囲気が、ドラマチックら展開を予想させる。

夕暮れの礼拝堂には柔らかい光が差し込んでいた。天井が高く内部の広い構造が、自然のクーラーとなって、残暑の厳しさを感じさせない。連絡してから気長に待つことにしたが、詩織は見通しよりずいぶん早く、部屋着のようなラフな格好で入ってきた。淡いブルーの花柄Tシャツにデニムのスカート。慌てて出て来たせいか、髪の毛をカチューシャでまとめていた。慣れない電話で連絡したため、少し驚かせたようで申し訳なく思った。

前から計画していたのではなく、美里ちゃんから急にメールがあり、夏休み中に仲直りをしたいと申し出があったのだ。「急に呼び出してごめん」

「久しぶりにバイオリンの練習にでも出かけようと思っていたところ。ちょうど暇だったから気にしないで」詩織はふーっと大きくため息をつき、通路を挟んで僕と反対側の長椅子にゆっくり腰掛けた。

「突然だけど、きょうは詩織に会ってほしい子がいる」

僕の言い方が悪かったのだとすぐに反省する。1週間前のこともあり、たぶん架純だと誤解したのだろう。そう直感するのはごく自然な流れだった。

「お祭りで会った彼女かしら」と問う詩織に、僕は慌ててかぶりを振った。

「いや、岡崎じゃないよ。実は……美里ちゃんが来ている」

詩織の表情が曇っていくのを見て、僕はすかさずフォローする。

「今までのことを誤るために。なぜ僕が妹さんを知っているかは後回しにして、とにかく会ってやってくれないか」

両手を合わせて懇願すると、詩織は首を一回縦に振った。

「わかったよ、陽斗くんを信じる」

意外と素直に聞き入れてくれた。手こずるかと心配したが、さすが詩織だ。信じると言われたからには、全力でサポートせねばならぬ。僕は大きな声でドア越しに叫んだ。

「美里ちゃん、入っておいで」

ゆっくりと音も立てずに戸が開くと、細身の少女がシルエットになった。斜め後ろからの光を吸い込んだ白いブラウスの縁がオレンジ色に輝く。閉ざされたドアが光を遮断すると、うつむいて唇をかむ美里ちゃんの表情が現れた。姉とは久々の再会。揺れ動く心が見て取れる。照れくさそうであり、一刻も早く謝りたいという心苦しさを身体にまとっていた。そして正面を見据えると、長いドレスを引きずるように一歩一歩ゆっくりと近づいてきた。シュッとしまったひざ丈の黒いスカートが本気度を物語っている。就活に臨む女子大生のようなスタイル。相手に安心感を与え、なおかつ真摯に向き合おうとする姿勢をイメージしたのだろう。服装だけで印象が違ってくる。僕らの前に立っても目を合わせようとしない美里ちゃんに、詩織が声を掛けた。

「美里、久しぶりね。元気だった?」

久々の再開とはいえ、長年暮らしを共にした義妹。緊張気味の美里ちゃんを思いやる優しい言い回しを期待していた。が、そうではなかった。少しトゲのある言葉遣いに聞こえる。人を寄せ付けないような態度をとる詩織は記憶にない。

「お姉ちゃんも元気そうでよかった」

「まさか、あなただとは思わなかったわ」

相手が分かっていたら、急いで来なかったという風にも受け取れる口ぶりだ。冷たい態度には、きっとなにか考えがあるのだろう。しばらく見守ることにした。

一見穏やかで無難な会話が続く。お互いの気遣いをひしひしと感じてしまう。

「私ひとりで会いに来る勇気がなくて、陽斗さんにセッティングしてもらいました。ごめんなさい、大事な人を勝手に使ってしまって」

二人から同時に見つめられた僕は、目のやり場に困り、天井を仰いだ。まだサポートする場面ではない。美里ちゃんが自分の気持ちをきっちり伝えるまで、口をつぐむと決めていた。詩織は居住まいを正して聴く姿勢をとり、美里ちゃんを向かい合うように座らせた。

「お姉ちゃんを呼び出した理由はただ一つ。今までの非行を謝りに来ました。もちろん、すぐに許してもらえるなんて、ずうずうしいことは思っていません。私が犯した罪の大きさは理解しています。何も悪くないお姉ちゃんを一方的に責めた。ただのわがままで」

一定のリズムがなく弱々しい声だった。最後の方はかすれ気味になり、はっきりとは聞き取れない。鋭い瞳で相手を射抜く詩織に対し、うつむき加減の美里ちゃん。直射日光に照らされた氷のように解けてなくなりそうだ。同居していた頃とは違う。初めから立場の強弱は分かりきったこと。しかし、あれだけ威勢のよかった美里ちゃんが、ここまで見る影もない状態になるとは意外だった。それでも僕はフォローを差し伸べる気はない。詩織が相手の本気度を確かめているという確信があったからだ。正面から厳しい目を向ける詩織。でも、相手に威圧をかける気配ではなく、子供を本気でしかる親のような温かみがあった。それを見抜く力がなければ決して許さないだろう。

「ちゃんと理由を説明してくれるかな、今までのことを」

詩織はさらにプレッシャーを掛ける。納得できる答えがほしいのだ。美里ちゃんの身体が小刻みに震えるのがわかった。がんばれ美里ちゃん、と僕は心の中で応援する。どうやら、生き別れた詩織の妹のことを話すタイミングを迷っているようだ。打ち合わせで美里ちゃんは『たぶんお姉ちゃんは知らない』と言っていた。信じてもらえる確率はゼロに等しい。かといって、言葉にしないと伝わらない。難しい選択が迫られていた。天井高くの小窓から差し込む夕方の柔らかい光も、緊張を解きほぐすことはできない。美里ちゃんの眼に涙の膜が張ったときだった。我慢していた詩織がやっと重い口を開いた。義妹の委縮した姿をおもんぱかったのだろう。

「なにか躊躇っているようだけど、話さなければ伝わらないことだってあるのよ。私とあなたの距離が今より開くことはないから、言ってみなさい」

「ごめんなさい」

「私のことを気遣って隠しているのは間違いだよ、美里」

またも沈黙の時が流れる。「しょうがないなー。美里の口から聞きたかったのに」そう断ってから、詩織は、なんの迷いもなく重大な事実を口にした。

「私には血のつながった妹がいるの」

何万トンもある北極の氷が海面に滑り落ちるような衝撃だった。すべて承知の上で、一芝居打っていたのか。美里ちゃんが詫びるためには、実妹の存在を明かさなければ説明は成り立たない。だから本人の口から言ってほしかったのだろう。

「美里がつらくあたるのは、それが原因じゃないかと薄々は感じていた。私が知った時期と同じくして、あなたの様子が変わったから。でも確信がないので怖かった」

純真な少女の頬を伝う涙が止まらない。でも気が楽になったのか、泣きながらも思いのすべてを語り始めた。

「お姉ちゃんのこと、実の姉だと思ってた。美人で優しくて頼りがいがある憧れの人。ずっと自慢の姉だった。中学に上がる頃、本当の姉妹でないのを知った。それぐらいのことでは大好きな気持ちは揺るがなかった。でも、大好きなお姉ちゃんに、本当の妹がいることが分かってから、私の心は急変した。負の感情が日に日に増していく。姉をとられたくないと考えれば考えるほど、私の中の悪魔が育っていった。そして、無意識のうちに嫌がらせをしていた。自分の方に振り向かせようと必死だった。見えない相手とは戦えず、矛先はお姉ちゃんに向いた。一度、堰を切った洪水は止まらない。私の弱い心は音をたてて崩壊し、闇の底へと引きずりこまれていった。どうしようもなかった」

たまっていたものを一気に放出した美里ちゃんは、その場で泣き崩れた。


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