087
あれから、まもなく一年近くが過ぎようとした五月のある日。
あたしは、今暗い部屋の中にいた。
ジャージ姿で、髪は長くボサボサだ。
臨海学校のあの日、『綴 緑子』は宿泊先の東京で失踪した。
臨海学校は、毎年一年が少し遠く離れた千葉の学校で一泊するものだ。
昼間のスケジュールで東京観光をするのが、生徒の楽しみでもあった。
今年は去年の事件から、スケジュールが変更になったらしい。
きっかけはあたしだ、彼女と一緒に遊んでいた秘密のゲームがあった。
『タマゴアイドル』という、小学生向けのアイドル育成ゲーム。
このゲームは、あたしとミーコの二人だけの秘密だ。
東京に来て、自由時間があった。
五人一組の班で活動する自由時間で、ミーコと最後に立ち寄った池袋のゲーセン。
そこであたしとミーコは、二人だけで抜け出してゲーセンに行っていた。
そして何気なくやったそのゲームで、ミーコはゲームの中に閉じ込められた。
緑子はゲームの中に閉じ込められても、信じるものはいない。
あたしの証言は、戯言と扱われて相手にされなかった。
当時の池袋のゲームセンターの防犯カメラに、あたしとミーコの姿が写っていなかったらしい。
それ以来、ミーコを捜索するも見つからない。
あたしも『タマゴアイドル』というゲーム筺体を見たけど、二度とそのような変化はなかった。
ミーコがいなくなって、もうすぐ一年になる。
日曜日のこの日は、曇っていた。
あたしは、一人で近くのスーパーに来ていた。
大親友を突然、理解できないことで失ったあたしの心は抜けていた。
(なにをしているんだろ、あたし)
虚ろな目で、あたしは夜のスーパー東友をふらついていた。
時間は夜の九時頃で、人の気配はない。
(『タマゴアイドル……か』)
あたしは、スーパーで安くなった惣菜のビニールを持ったままゲーム筺体をぼんやり見ていた。
横目で通り過ぎようとしたが、次の瞬間ゲーム画面から茶色い物体が盛り上がった。
「白?」あたしは立ち止まった。
立ち止まった瞬間、茶色く丸いのがゲーム画面から出てきた。
それはガチョウの卵のようなタマゴ。
だけど、茶色にピンクの斑点模様のカラフルなタマゴ。
「ぬおっ、お主助けてくれぬか?」
「助けるって……喋った?」喋るタマゴは、小さな手足が生えていた。
出てきてすぐに、あたしの方に近づく。
いや、そのままあたしの足元に隠れていた。
「なにをしているの?」
「敵が……」
そう言いながら、さらにゲーム画面が動いていた。
そこには、緑色のポンチョらしきものが見えた。
やがてその姿が大きくなる、今度は人らしい。
その人を見るなり、あたしは驚いたのだ。
「ミーコ?」
それは緑色のポンチョを来たミーコだった。
だけど、いつものミーコと少しだけ様子がおかしい。
普段から明るく積極的な彼女の雰囲気と、はっきり違うのがわかった。
そして、彼女は上半身だけをゲーム画面から出していた。
「あら、カスミン」
「何?なんなの?」声は間違いなく、ミーコだ。
驚いたあたしは、ミーコを立ったまま見ていた。
「そのイースターを、タマゴをこちらに……」
「どういうこと?」
「時間がないの……でないと……」
「ミーコっ!」あたしは、持っていたビニール袋を落とした。
そのまま、ミーコに近づこうとした。
「ううっ、あああっ!」
ミーコが不意に、苦しんだ表情を見せた。
「早くっ!」苦しみに悶え、ミーコは手をバタバタさせていた。
「えっ……でも」
「いいから、早く。イースターを」
「早くし……て」
ミーコの体が、ゲーム機に取り込まれているかのようだ。
あたしは必死に、もがくミーコの手を掴む。
その手はとても冷たかった。
「ミーコ、帰ってきて……」
「それは、今はムリ」
「どうして?」
「私はいられる時間……」
最後まで言おうとしたミーコを遮るかのように、体がゲーム機に飲み込まれた。
あたしの手から、ミーコが消えたのがはっきりと感じた。
「ミーコ、ミーコっ!」
あたしは突然の別れに、叫んでいた。




