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『6月23日』
あれから二日後、私は生徒会室にいた。
今は放課後で、今日は会議もない。バイトまで時間があった。
わずかな時間を、私は無駄にできない。
試験の日まで、後四日と迫っていた。
生徒会室の大きなテーブル、私はいつもどおりの勉強をする。
私は教科書とノートを開いていた。
近くにあった椅子で、隣には恵の姿があった。
「ここの計算、恵はわかるのですか?」
「あーこれね。教科書56ページにあるこの数式を使うの」
「へー、そうなのですか。結構前の公式ですか」
「うん。このあたりの公式は、今回の試験範囲じゃないけど基礎の部分だから覚えとくといいよ。
特に加藤先生は、前の公式を絡めてかなり難しい問題出してくるから」
私の隣で、彼女は丁寧に教えてくれた。
聞けば、前の中間試験の総合順位が恵は学年全体二位だという。
私よりも恵が生徒会長にふさわしい気がしてきた。
「後、わからない公式はある?」
「じゃあ、こっちのは?」
「ここは、展開をするのが先。あとはYの値を代入していけば簡単に出るよ」
「すごい、あっ、解けた」
私はペンをスラスラ走らせて、次々と問題を解いていく。
この問題も、答えにいき着かなくてずっと考えていた問題だ。
「考え方だけわかれば、応用効くし」
「本当に数学は得意だね。さすが数学はトップの恵」
「うん。正直数学は好きだよ、裏切らないし」
「えっ」
「数学って、答え一個しかないでしょ。だからその答えだけを探せばいいから。
でも、この世界は違う。ボクたちはいくつもの答えがある問題の中から、ベストの答えを出すしかない」
流暢に語りだした恵。それをあっけにとられてみている私。
「すごい、恵はすごいよ!」
「あっ、違うよ!全然違うから。
これはね、ボクのバンドリーダーが考えた歌のフレーズ」
そう言いながら、無邪気な笑顔を見せてきた恵。
たまに見せる恵の子供らしい表情は、普段の私にはできないかわいい側面だ。
その全てが、あの時にちゃんと出来ていれば変わっていたのかもしれない。
あの悲劇はなかったのかもしれない。
「どうしたの?」
「いいな、恵はかわいいですね」
「えっ、そんなことないよ。シエルの方が、すごい美人だよ。
ボクにはそんなブロンズの髪がないから、大人びているしすごい憧れるよ」
「では、互いに憧れているのですね」
私とメグッポは、なぜか一緒に笑った。
「でもシエルって今日もバイトでしょ」
「うん、そうですよ」
「生徒会の仕事もあるし、大変だよね」
「そんなことはないです、バイトは必要だし、生徒会の仕事は楽しいですよ。
生徒会はやっていて、良かったと思っていますから」
「やっぱりあの時に変わったの?」
「……そうかも知えないですね」
恵の言葉に、私の声のトーンが明らかに下がった。
「一人の少女がなくなった。あの時、私は班長ではなかった。
ミーコだった、ミーコによってまとめられた班。
ミーコがいなくなって学校が暗くなって、何かを変えたかった」
「やっぱりそうか、ボクもそうかもしれない。
あの日を、変えたかった。もがいてもがいて……なんとか今を保っている」
「ですね。でもあの時の私たちが、もっと仲が良ければ……今が変わっていたかもですよ」
「まあ、その話はこれぐらいにして。シエルは時間がないんだから」
「わかりました、恵先生」
「よろしいっ。じゃあ次は授業を続けます。
シエル、わからないことは遠慮なく恵先生に聞くように」
「はーい、わかったですよ」
私はそう言いながら、しばらく恵に教わっていた。




