041
私は今、車の中に乗っていた。
その車はとても大きくて、私の自転車も後部座席に入るほどに大きい。
そんな私は、前の方の座席で座っていた。
リムジンなので、座席はかなり余っていたが。
私はこの女を一年前から知っていた。
だけど久しぶりに会ったのに、すぐに話せなかった。
ほかの人間にはない、緊張がその女にはあった。
女の車に招かれて、しばらく続く沈黙。
やがて、私は口を開いた。
「あなたは、どうしてここへ?」
着物を着ている彼女は、『宇野中 撫子』。
ピンク色の着物は、まさに日本人そのものだ。
長くて綺麗な髪も、穏やかでまさに名前の通りの『大和撫子』だろう。
「はい、私は付き添いです」
撫子は、いつもどおりおだやかな顔を見せていた。
あの時と変わらない落ち着いた顔で、私を見ていた。
「付き添いですか?」
「はい、その前にあなたは誰ですか?」
「えと……シエルは……私は……」
どうしよう、次の言葉が浮かばない。
「シエルさんですね」
「はい、シエルです。何故シエルを?」
「困っている人を助けるのは、当然じゃないですか」
「ううっ、ありがとうございますです」
「変な日本語ですね」
クスリと、撫子は笑ってみせた。
やはり、撫子は変わっていない。一年の時も優しいというか、穏やかというか。
「そういえば、さっき付き添いって言ったけど誰の付き添いですか?」
「うーん、ハコベです」
「ハコベ?」聞いたことない名前だ。
「はい、ハコベは私のメイドですよ」
「そうですか」
「今日は危険な日曜だから、見回りに行くとかで……」
「ふーん、危険な日曜……ね」
「なんでも門を開けている人がいるとか……」
「そうですか」
私はイマイチよくわからない。
もしかして、この四日市のどこかに水門でもあるのだろうか。
運河の水が大量に流れてくるのだろうか。
「それにしてもこの車はどこに……」
「さあ、どこに向かえばよろしいです?」
「えっ」撫子が聞いてきて、私は首をかしげた。
「とりあえず『ドンペンホーム』まで頼めるですか?」
「はい、かしこまりました」
そう言いながら、車はドンペンホームへと向かっていく。
「あの、撫子……」
「はい、どうされましたか?」
「なんで私を?」
「あなただから、私は助けたのですよ」
撫子は私の隣で、ニッコリと微笑んでいた。
「私だから?」
「はい、前にどこかであったことがあるような気がしたので。
そうでなくても、宇野中家の家訓で困っている人は助ける精神なのです。
それが名家としての義務だと、私は肝に銘じております」
撫子はいつもどおり穏やかな顔を見せた。
「あなたは変わっていない」
「どうされましたか?」
「いや、あの時だって……女の子を助けて。私たちはすべてが狂った。
あそこで助けなければ、あの未来はなかったかもしれない」
「女の子?なんの話をしているのですか?」
「あっ……ごめんなさいです」
「はい」撫子は、静かに私をじっと見ていた。
熱くなった私も、首を横に振った。
私はシエルだ、彼女は私を気づいていない。
ここでこの話をしてはいけない。撫子だって、忘れようとしている。
忘れても、彼女は変わらない選択をしているのだと。
「すいません、ここで降ります」
「あの……もうすぐドンペンホームですよ」
「いえ、大丈夫です。送ってくれてありがとうです」
私は最後に、うつむきながら撫子に頭を下げた。
「そうですか、それならば仕方ないです」
撫子は、前の運転手に言って車を止めさせていた。




