004
その機械は、よくあちこちのスーパーで見るものだ。
だけど、その機械をこの歳でお世話になることはない。
なぜなら、その機械の対象年齢を大きく上回っているからだ。
真っ白なゲームセンターの機械に、可愛い女の子が描かれていた。
明らかに、小学生向けの女の子。カードを読み込むスキャナーもついていた。
「これって、『タマゴアイドル』通称『タマドル』」
それはタマゴ系アイドルを目指すために、一人のアバターを育てるゲーム。
タマゴ系って、どんなアイドル?とツッコミ入れたくなるような内容だ。
対象年齢が小学生ぐらいで、一回百円だ。
「おおっ、知っているのか?」
「知っているって、そこに説明書いてあるよ」
「ふむふむ、まさかそれも読めるとは」
「ボクを馬鹿にしている?」
ボクは『タマゴアイドル』をなんとなく知っていた。
テレビとかでも宣伝しているけど、子供の頃これに近いゲームをやっていた。
「それで、この『タマドル』がどうしたの?」
「このゲームをやって」
「ええっ?意味わかんないけど」
「君もタマドルにならないか?」
「なんか、ますます怪しい誘いだね」
僕は苦笑いしながら、じっとタマゴを見ていた。
そういえば、この『タマゴアイドル』の筐体にはタマゴが書かれているな。
目が小さくて、手足の生えたタマゴ。名前は『イースター』、まさか……
「これって、あんたなの?」
「朕はこんなにダサい顔じゃない」
「やっぱりそっくり。なになに……イースターはタマドルマネージャーなんだって。
要するにゲームのサポートキャラなんだ」
「そ、そんなチンケな名前ではぬゎい」
「まあまあ、そんなに気を落とさないで。イースター」
「むむむっ、ゴホン。そなたは、朕に対する敬意が全然たらぬ。
とにかくだ、お主は変わりたいのではないのか?」
「え?」
「オナゴは誰しも持っている変身願望。この機械は、それを叶えてくれる道しるべなのじゃ」
白いタマゴは、不敵な笑みを浮かべながら小さい目を細めていた。
確かにタマゴアイドルのゲーム筺体にも、こう書かれていた。
『本当の自分に変身して、みんなでレッツタマドル』と。
その言葉を見て、ボクは頭の中で考えていた。
(変身か……そんなの出来たらいいのに)
ボクは、変わりたいと思ったことが何度もある。
声は可愛いと自信があるし、みんなからそう言われていた。
ノットシステムのバンドメンバーも、声に惚れ込むほどだ。
可愛い声が自慢だけど、ボク自身は可愛くない。
いや、そもそも男の子に間違えられることも何度もあった。
だから、自然にこの言葉が出た。
「変わりたい」口を開く。
「よく言った、ならばホレ」
イースターは、小さな手をボクの方に差し出してきた。
「ホレ?」
「世の中銭次第じゃ、早速金を」
「えー、お金取るの?じゃあ、やんない」
僕はそっぽを向いた。
イースターは、すぐに僕の足元に詰め寄ってきた。
「お主は、変身がタダだと思っているのか?図々しい」
「普通タダでしょ、だってお金がかかるなんて変身モノのアニメで聞いたことがない」
「その筺体がお金を欲しておるのだ。
筺体を起動しないと、ゲートを開くことができない」
「えー、しょうがないなぁ」
一回だけ、ボクは騙されたと思って百円をその筺体に入れた。
入れると、イースターはゲームの筺体に吸い込まれていくのが見えた。
それを見て、ボクの体もまた浮かび上がった。
(からだが……どこ?)
声にならないボクもまた、ゲーム筐体に吸い込まれていった。