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家に帰ったあたしは、ビニールをもっていた。
この部屋は、いつもどおり薄暗い。
そして、あたしはいつもどおり散らかった部屋の足場を縫うように奥の机にたどり着く。
机であたしは、ビニールを開けていた。
そして、あたしの部屋にはすぐに一人の男が来ていた。
「また、来たのか。兄さん」
「ああ、ここにいたのか。霞」
そこに現れたのが麦だ、背の高いひとつだけ年上の兄。
相変わらずのシャツ一枚、下はパジャマだ。
「兄さん、何?」
「ううっ、相変わらず臭いな」
「ならば、出てってもらっても構わないわ」
「それは困る、用があってきたのだからな」
兄は教科書を、持って部屋にきていた。見たところ、三年の物理の教科書だ。
「霞、ちょっとわからないところがあってな」
あたしのいる机のところに来ていた。
とりあえず、チャーハンが入っていた空容器をビニールごと横に強引にどかす。
場所を作って、兄の教科書を置くスペースを空けた。
こう見えても、頭の良さは兄よりあたしが上だ。
学校に行っていないあたしのほうが上とか、どういうつもりだろうか。
「こういうのは、妹を頼るものではないでしょ」
「まあ、そうなんだけど。霞は、理数系が俺より出来るっだろう」
「ちょっとまって、この公式は?」
「ああ、それは重力の計算式で……」
「載っているページを教えて、自分で調べる」
「それなら、三ページ前だったと」
兄がページをめくり、そこに公式が書いてあった。
習っていない公式だけど、あたしはすぐに綺麗そうなルーズリーフを机から探す。
そのまま、計算を開始した。
「で、わかるのか?」
「計算は簡単に出るものじゃないわ、待ってなさい」
あたしは、頭を使って考えていた。
ペンを走らせて、計算を進めていた。
「なあ、霞」
「何、忙しいんだから後でにして」
「その、カードって女子高生の間で流行っているのか?」
「どれよ?」
「それ」そう言いながら兄は、机にたまたま置いてあった『タマドル名刺』をあたしに指さしていた。
「知っているの?」
「ああ、このまえちょっと見たんだ」
「どこで見たの?」
「えと……宇野中さんの家。その家がすごく大きくてな、びっくりした」
「へえ、撫子ね」
そういえば、さっきも恵が同じ事を言っていた。
「そういえば、霞は撫子と去年一緒だったよな。クラス」
「そうね、一緒だったわ」
「どんな子だった?」
「……お嬢様で、世間知らず。それでいて方向音痴」
「悪いことばかりだな」
「あたしは、あの子が嫌いなの。その子がどうしたの?」
「いや……ただ会うだけなんだ。たいしたことないけど」
「そう、たいしたことないのね」
そう言いながら、あたしはカッターナイフを取り出した。
持っているのは兄の教科書。
「話したくなければ話さなくてもいいけど、どうしようかしら?この教科書」
「お、おい。やめろ霞っ!」
「どうする?」
「わかったよ、話す」
「いいえ違うわ、あたしもあの子に会いたいのよ。
あの子には、あたしも嫌われているでしょうから」
そう言いながら、カッターをしまったあたしは物理の計算を終えていた。
「ほら、これが答えよ。解き方は、書いてある通りにやれば解けるわ」
そう言いながら、あたしは無表情でルーズリーフと教科書を兄の麦に渡していた。