010
夜になって、駅前広場は駅を利用する通行人であふれていた。
それでも四日市の駅は大きくはない。
繁華街のあたりはもう少し人がいるが、そこはボクらのような無名ミュージシャンは敬遠していた。
駅の少しハズレのエリアで、場所をとっていた隆聖と虎太郎。
キーを調整しながら、待っていた。
「お待ちどうさま」
「え?」
ボクが駆け寄った瞬間、隆聖と虎太郎は驚くしかなかった。
「あれ、恵?」
「恵の声が……まさか」
「そうだよ、ボクだよ」
そこにはピンクのナース服に背中には、白い羽が生えていた少女。
薄いピンクのフリルのついたスカートに、白いソックスにピンクのパンプス。
なにより髪が黒くて長く、目が赤くて肌も白い。
これは『ナースエンジェルコーデ』だ。
『ファストフローラル』のガチャを引いて揃えたレア度、Cのコーデ。
可愛い天使が、癒し系の少女だ。
「な、なんだ、この可愛らしさは」
「マジか……」
虎太郎と隆聖は、ボクを見て驚きを隠せない。
「そう、このボクが歌うよ」
「でも、その格好って……」
「かわいくねえ?やばい」
隆聖は難しい顔を見せるも、虎太郎がいきなりボクを抱きついた。
「抱きついた」
「おい、虎太郎」
「やべえ、可愛いじゃん。かわいいっ、かわいいっ、マジ天使!」
何度も言われて、ボクはすごく嬉しかった。
だけど、虎太郎に抱かれてちょっと汗臭くも感じた。
「本当に人形みたい、恵なのか?」
「本当に美少女だよな。でも、どこかで見たことあるんだよな」
虎太郎が呟く。ボクはバタバタと手足を動かしていた。
「さっき見せたカード、あの子がボクなんだ」
「へえ、あっ、思い出した!タマドルっ!」
「なんで、虎太郎知っているの?」
「え、あ、あ……」明らかに歯切れが悪い。
このゲームは小学生女子向けだ、しかも虎太郎は一人っ子だ。
「いや……その……知り合いがやっていて」
「そっか……そうだよね」
ちょっと、虎太郎がタマゴアイドルをやっている姿を想像してしまった。
男子高校生が、小学生向けのゲームをやっているのは相当怪しい。
「そろそろ時間か。とりあえず、ボーカルは用意して。歌うよ」
隆聖の言葉で、ボクと虎太郎が動く気出す。
「うん」ボクは初めて、この姿で歌う。
だけど、すでにボクらの周りにはひとが集まっていた。
「なんか、すごい人いるけど」
「だな」虎太郎はなぜか圧倒されていた。
そして僕が歌い始めた瞬間、人がボクに注目しているのがわかった。
すべての通行人が、ボクに視線が注がれたていた。