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短編いろいろ

少女と小箱の精とその他

作者: 詞乃端

 これは貴様への罰。

 しかと覚えよ。

 貴様は、これから生も死も無き悠久を漂い続ける。

 そして、貴様がその力を(ふる)うことができるのは、引き起こされる結果と等価の物を与えられたときのみ。

 ――貴様の解放の代償に、自らの命を捧げる者が現れるまで。


 ◆◆◆


 実に久方ぶりに出会った、罪深き同朋。

 その豹変(ひょうへん)ぶりを見て、変わらぬ存在はないのだと、思い知った。


「レアも元気になったから、婿(むこ)探し行くよ」

「私も同行するのが決まっているのか?」

 一部全く変わっていない同朋の、唯我独尊ぶりには溜息しか出ない。

「ノエル、地の方に無茶言わないの」

「あのね、こいつらは聖域にいなくたって、調律ができるんだ。っていうか、できなくなってたらこんな役立たず代替わりさせてやる」

 元炎の(つかさ)、兼元小箱の精、兼今現在彼の目の前にいる少女の使い魔の無茶振りに、大地の司は眉を(ひそ)めた。ところで、聖域というのは、世界の一欠片であり柱でもある、司がいる土地の事だ。司は、それが司るものごとに存在しているが、彼等は聖地に存在し続け、世界の調整――司達はその行為を調律という――を行うのである。

「止めい。レイリア殿に負担が掛かるではないか」

 遥か昔、当時の炎の司は、己が愉悦(ゆえつ)の為に大虐殺を引き起こし、残った司達により一つの小箱に封じられ、そのまま取るに足らない小箱の精に為り下がった。――彼女を解放するために自らの命を犠牲にする者にしか、その封印が解かれることがないという、呪いと共に。

 そして()()(きょく)(せつ)を経て、小箱の精は彼女を解放した少女の使い魔となっている。レイリアという名のその少女は、人の身には余るほどの絶大な魔力を有している。しかしながら、レイリアの魔力の供給先である、彼女の使い魔に力を(ふる)われると、相応に疲弊(ひへい)してしまうのだ。――世界の確立の一端を担う、司を滅ぼすほどの力が振るわれた時のレイリアへの負荷は、推して知るべし。

 ちなみに、司達は世界を支える存在であるが、長久なる時の流れの中では時たま代替わりがある。そのため、当代の大地の司は、レイリアの使い魔が炎の司であった時の姿を知る、希少な存在であった。

「……すいません、地の方……」

「レアが謝ることじゃないわよ」

 大地の司は、困ったように身体を縮めるレイリアと、どこまでもふてぶてしいノエルを見比べた。全く、どちらが主人か分からない主従である。

「ノエル、聖域を出るのは分かるけど、私の婿探しって何?」

「レアにいい人見つけなきゃ、死んでも死にきれないわ」

「貴様はレイリア殿の母君か」

 鼻息荒く言い切ったノエルに、大地の司は突っ込んだ。

「うっさいわね。私はレアの母親代わりじゃなくて、姉代わりよ!」

「気にするところは、そこなのか?」

 大地の司の口元に浮かんだのは、苦笑だった。

 長生きするものである。あの女が、このような顔で、このようなことを口にするようになるとは。――大地の司が覚えている、(かつ)ての炎の司は、狂った笑みを浮かべ、狂気に突き動かされるままに生をもぎ取っていた。一際力があった彼女を封じるだけでも、一体どれだけの犠牲が出たことか。

 もう、尊顔を拝することは叶わないだろう、至上の方に感謝しよう。狂気に囚われた同朋を、解放する人間が現れたことを。

 おろおろするレイリアの頭に手を乗せ、大地の司は微笑んだ。

「我も共に行こう。貴様だけでは、レイリア殿の婿探しは困難を極めそうだからな」

「余計なお世話っ!」

「あ、あの、別に私まだ結婚したいわけじゃないんですけど……」

 レイリアの言葉は、使い魔と大地の司の両者に無視された。


 ◆◆◆


 ――幸せになってほしい。

 その想いは、心からのものだった。

 初めて(いだ)いたその想いは、戸惑いを呼ぶものだったけれど。


 ***


 初めて会った時、変なやつだと思った。

 等価の物を支払えば、どんな願いでも叶えてくれる、小箱の精。その自分に、『話し相手になってほしい』などとのたまったのはレイリアが初めてだったから。それでも自分には、やることなど、人の願いを叶えることしか残っていなかったから、対価も必要ないほど他愛のない願いを、仕方なく叶えてやった。正直、自分でも叶えるための対価が要らない願いなどあると思っていなかったら、少し驚いた。

 今まで己の願いを叶えようとした人間達は、自分を畏れながらも手放せず、ほとんどがその強欲故に身を滅ぼした。自滅しなかったほんの一握りも、ことごとく自分の事を便利な道具と見なしていた。

 自分の事を個として扱ったのは、同朋達を除けば、レイリアが初めてだったかもしれない。

 元は司であったために、名がなかった自分に、ノエルという名前を与え、小箱の精である自分に、一緒に話をしろだの散歩しろだの、ちっぽけな願いばかりを口にした。

 そんな些細(ささい)なことを共にする人間すら、レイリアの周りにいなかったことにはすぐ気付いた。


 ――魔力を持つ者は、個人差が大きく、全く魔力を宿していない者も、他の者の何倍もの魔力を有している者もいる。そして、父親より母親の魔力が少ない場合、母親が(はら)んだ子は全て流れてしまうのだ。

 大陸で最も力のある国の王は、それなりに強い魔力を宿していたが、釣り合う身分と年頃の姫君達は皆王より魔力が弱かった。そのため、手当たり次第に国内外から王と魔力が釣り合う、もしくは、王以上の魔力を有する乙女達が()き集められた。

 数百人と集められた正妃候補達。

 その中の一人が、レイリアだった。


 レイリアが、自分が封じられた小箱を手にしたのは、ほんの偶然。

 勝手に自滅していった愚か者どものために、呪いの小箱と恐れられるようになったそれを、レイリアを爪弾きにしていた他の正妃候補が、レイリアに送りつけたのである。レイリアが自分に望むのは、馬鹿馬鹿しいくらいに(ささ)やかな事柄であったので、その正妃候補の目論見は外れたようだが。

 レイリアと出会ってからは、酷く穏やかな時間が流れるようになった。そして、レイリアの他愛のない願いは、いつの間にか自分の楽しみになっていた。

 生も死も無き悠久。嘗て罰として与えられた時間が、確かに、自分にとって罰となっていたことに気付いた。


「家に帰りたいとは思わないの? そう願うんだったら、叶えるわよ。対価は貰うけど、レアの魔力で充分だし」

 そう質問した時、レイリアは寂しげに微笑した。それで、自分はレイニアに帰る場所かないのだと悟ったのだった。

 無理やり連れてこられた後宮で、レイリアは孤独だった。対価を要しない小さな願いは、少女にとって、切なる祈りであったのだ。


 ***


 平穏な日常が崩れたのは、レイリアが王に見初められたのが始まりだった。

 レイリアは王座に興味がなかったため、王の顔を覚えていなかった。それ故、レイリアと自分が散歩していた庭園に、たまたまやってきた王に(こび)を売ることがなかったのだ。レイリアの態度が、王には新鮮だったらしい。後宮に打ち捨てられていたレイリアは、一躍最有力の王妃候補に躍り出てしまったのだ。本人の意思とは関係なしに。

 突如出現した最大の邪魔者に対する、後宮の対応は残酷だった。

 王との出会いからほどなくして、レイリアは濡れ衣を着せられ、処刑されることになった。王は、レイリアの無実を信じなかった。処刑方法が毒によるものだったのは、王のせめてもの慈悲だったのか否か。

 封じられた小箱ごとレイリアから引き離された自分は、無力感に歯噛みするしかなかった。願われなければ、そして、対価がなければ、自分は何もできなかったのだ。

 何もできないまま、時は過ぎ。

 刑が執行されたまさに時、自分に届いた願いは。

 《ノエル、今までありがとう。もう、ほんの少ししか続かないけど、私の命をあげる。だから、自由になってね》

 永遠とも思えた罰からの解放。久しぶりという言葉ではとても足りない程の時間の果て、ようやく手にした自由を、噛み締める暇はなかった。

 すぐさま駆けつけた場所にいた、レイリアの灯火(ともしび)は、消える寸前。それでも間に合ったことは僥倖(ぎょうこう)だ。

 使い魔の契約。

 その中でも特殊な、主人の全ての魔力を対価とする代わりに、主人が負った傷を使い魔が引き受けるというものを、レイリアと自分の間で強引に交わさせた。この契約は、主人であるレアリアに負担が掛かりやすくなってしまうが、このとき、レアリアを救う可能性があるのはこれしかなかった。

 レイリアの命は長らえたが、まだ衰弱が激しく、危険だった。自分が王やレイリアを(おとし)めた者への報復を行わずに、レイリアを連れて一番近くにいた大地の司の所へ駆け込んだのも、それだけ慌てていたことの証明だろう。

 何故だろう。

 大昔、あんなにも人を殺したし、今まで、幾人もの人間を破滅に追いやったのに、レイリアが死ぬことだけは看過できなかった。

 自分の姿に目を()いた大地の司だったか、レイリアを見てさらに驚愕(きょうがく)していた。まあ、大地の司が驚いていたのはどうでもいいが、すぐにレイリアを休ませることができたのはありがたかった。


 ***


 レイリアはまだ眠っている。大地の司によれば、もう少しで目覚めるらしい。

「貴様も変わったな」

「うっさい」

 大地の司の声に、微かに面白がる色があるのが妙に不快だ。火の玉でも投げつけてやろうかと思ったが、今の自分は何をするにしてもレイリアの魔力を使ってしまう。レイリアの体調を悪化させる気はないので、暴れるのは自重しておこう。

 レイリアが起きたら、何をしよう。

 ふと、そんな考えが頭をよぎり、何となく楽しくなった。

 これからはいつでも話ができるし、散歩もできる。自分は何でもできるから、レイリアが喜びそうなことをどんどんしてあげよう。

 レイリアが笑うと、自分の胸が温かくなることは、とうの昔に気付いている。

 ――とりあえず、あんな馬鹿王ではなく、もっといい奴を見つけてあげよう。

 そう、固く誓った。



 Copyright © 2015 詞乃端 All Rights Reserved. 

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