4/5 (金曜)曇 朝
なんだかいい香りがする。
布団の中でまどろんでいた鯖江は鼻腔をくすぐる。そしてもぞもぞと目覚まし時計に手を伸ばす。
「六時半か・・・」
「おはようございます。鯖江様」
「おはよー、・・・ほへっ?」
同室にいる、イロナの声ではない。誰だろう?
布団をまといながらベッドから起き上がる。
部屋の対面にはイロナの使用しているベッド。もう起きているので、綺麗に布団はたたまれている。
部屋の中央に丸テーブル。イロナ本人はそのテーブルの前に座って朝食をとっていた。
メニューはご飯と豆腐の味噌汁。おかずは大根おろしを添えた焼き鮭にたくあん漬け。
外国人の食べる朝食じゃないだろ。これ。
まぁ一応テーブルの隅にティーセットが置かれているのが彼女らしいと言えば彼女らしいが。
彼女のそばに立っている人物がいる。髪の短めの、執事。
男性である。
「家従の紅英と申します。以後お見知りおきを」
紅英と名乗った人物は鯖江に礼儀正しく挨拶した。
「イロナ様の御学友である鯖江様の分の朝食も御用意させていただきました。どうぞお召し上がりください」
「え、えっと。ありがとう」
とりあえず起き上がり、寝巻のまま朝食を取ることにする。
「あなた、こいつ。いや、イロナさんの執事なの?」
「いえ。イロナ様の御母上でいらっしゃるイムラツァ様にお仕えさせていだいている者です。主からは『イロナの日常業務の補助』を仰せつかっております」
「それで、この鮭メシ?」
「はい」
紅英は執事らしく答えた。
「なんで鮭?普通トーストじゃない?」
「御母上の教育方針で御座います。世界中どこでも同じ物が食べられると思うな。銃弾飛び交い、一般市民がバタバタ死ぬような場所で優雅にコーヒーが飲めると思うな。そのような場所では林檎一つ。缶詰一つで一日。あるいは一週間を過ごすこともあるはずだ。それが御母様の食事に、関する認識で御座います」
「じゃああのティーセットはなんなの?」
「そのような危険な紛争地帯では、間違いなく紅茶の値段も高う御座います。一杯壱千円のリプトンティーを入れて差し上げています」
「賄賂受け取ったんかい」
「これも教育方針で御座います。地獄の沙汰も金次第で御座います。魔術師同盟のテロリストが日本人ジャーナリストを人質をとって、『我々は決して世界統一政府軍になど屈しない!遂行なる使命の為にこの命を神々に捧げ、戦い続けるのだ!!!ところで、日本政府が身代金を一億ドルを払ってくれたら釈放する。七拾弐時間以内に用意できない?じゃあ一ヶ月以内に壱千万ドルでも構わない。とりあえず人質は無事なので検討だけはしてもいい』。と、言うのと同じで御座います」
「なるほど」
鯖江は納得してイロナと共に朝食を取り始めた。
鯖江の反対側に座るイロナはたくあんをぽりぽり噛んでいるが、その寝ぐせのついた彼女の金髪をドライヤーかけ、ブラシをまきつけ、紅英は綺麗な焼きコロネに仕上げていった。
「あんたが造ってたんかい」
「整髪料を用いれば一週間ほど形状を維持できるのですがあまり髪に好ましくないのでこうしております」
食事を終ったので鯖江は学校に行くために着替えようと思った。
「あ、すいません。紅英さん。ちょっと部屋から出て頂けますか?」
「なぜでございますか?」
「いえ。着替えるので。寝巻脱ぐと、その下着というか」
「紐になるのですね。御安心ください。私め口は固うございます」
ゴシックレオタードの上からスカートを履く途中だったイロナは鯖江を見る。
「なに?紅英は私の執事ですわ。空気も同じ。さっさと着替えなさい。学校に遅刻しますわよ」
あんたはよくてもあたしはそうじゃないんだよ。
鯖江は窓を開けた。そして紅英を首を掴み、持ち上げる。
「あら?」
そして窓から盛大に放り投げると、窓を閉め、ついでにカーテンも閉めた。
「あぁ~~~~らぁあああ~~~~~~~」
右手をわきわきさせながら握力を確かめる。なるほど。このエクゾとかいう下着。なかなかのものだ。チカンを部屋からたたき出す程度のパワーが軽く出せる。
デザインは最悪だが。