4/4 午後の授業
「80分という極めて短い休憩時間に食事を済ませ、午後の授業に一人の欠席もなく出席してくれたことを大変光栄に思う。俺は本当に幸せ者だ。お前たち生徒に感謝している。これは本当の気持ちだ」
午後の授業に自分の生徒達が一人の遅刻もなく出席してくれたことに十六才という名の四十二歳の教師は心なしか歓喜しているように鯖江は思えた。
「フランスのとある王様は毎朝1時間かけて着替えをし、朝食に1時間をかけ、それから一生懸命お仕事をなさったそうだ。具体的にはヴェルサイユ宮殿をどんな立派な建物に改築しようであるかとか、庭木をどのように手入れすべきであるかだとか、国民の血税を集めて造った学校というのは名ばかりのサロンのような施設で「凄いですわ王子様凄いですわ王子様」と自分の息子が褒め称えられたことを部下から報告に耳を傾けるといった、国王にとってはとてもとても重要な大切なお仕事だったんだ。その国王一家がどうなったかだと?俺には興味がないし、お前たちも知りたくないだろうからあえて話さん」
確かに。十六才という名の四十二歳の教師の授業に、生徒たちはとりあえず中学からの流れで、という感覚で出席している者が多いようだった。
「さて、もっと重要な話をしよう。二人の王様の話だ。一人はアルトリエの王。もう一人はアナトリアの王。アルトリエとアナトリア。似ているな。まぁ時代も場所も違うから比較する必要なんてないぞ。まずアルトリエの王様の人生から説明するぞ。メモなんて取る必要はない。こんなのテストに出さないからな。
アルトリエの王様はエクスカリバーという偉くよく切れる剣を貰った。そうだ。一振りで何百人何千人という兵隊を切り殺せる凄い剣でそれを振り回しては俺様強い俺様強いと威張り散らしていたそうな。
そんな中、彼の部下のガラハドが聖杯を盗んで行方をくらました。同じく部下のランスロット女房のグィネギアと浮気して荷馬車に乗って逃げた。仕上げにモルドレットが中心となって反旗を翻し、カムラン丘の戦でアルトリエの王様は負けて国は滅んだそうだ。
次にアナトリアの王様の話をしよう。
アナトリアの王様はギリシャ人の母と遊牧民の父を持つ、つまりスポーツ万能イケメンだ。
なぜか?物語の主人公だからだ。
アナトリアの王様が16歳の時、大魔王ボードワンが国を侵略してきた。
なぜ16歳の時魔王が国を侵略してくるのか?物語の主人公だからだ。
アナトリアの王様が兵士を率いて戦うも魔王ボードワンに傷一つつけられずに敗北する。そして砂漠を彷徨って死にかけているところを老賢人ダニシメンドに救われ、弟子になる。
なぜ賢者の弟子になるのか?物語の主人公だからだ。
ついでに賢人ダニシメンドはアナトリアの王よりずっと強い。まぁ師匠というのはそういうものだ。諦めろ。
アナトリアの王は4年後、メルジフランという小さな村を守るために全力を持って魔王の軍勢と戦う。そして見事に勝利し、己の国を再興したという。
どうでもいい話だが、アナトリアの王は敵兵は殺したが、捕虜や女子供は殺さなかったそうだ。なぜか?物語の主人公だからだ」
教室内にノートを取るものなど誰もいない。最初にテストに出さないと言ったから当然と言えば当然だが。
「随分と具体的な内容の物語の主人公さんですね」
鯖江は聞いた。
「クルジュ・アスラーンという歴史上の実在した人物の人生をほぼそのまま話しただけだからリアリティーがあって当然だ。明日からはアルトリエとアナトリア。どっちの王様に、お前たちは女の子だから女王様か。なりたいか考えながら俺の授業を受けるように」
なんだ嘘っぱちか。鯖江は十六才という名の四十二歳の教師に抱いたほんの僅かな尊敬の念を霧散させた。