4/4 お昼
「ここが日本の伝統的なレストランですのね!」
結局イロナについてきてしまった鯖江は、学校から歩いて徒歩五分もしない場所にある定食屋兼居酒屋で食事をすることになった。巴川の知る店だという。
少し足を延ばして幹線道路の近くにまで行けばファーストフード店やファミリーレストランなどもあるのだが、それらはイロナに「日本的ではない」との理由でハッキリと拒否された。
「素敵ですわ!お店の看板がタオルになってますの!」
『味伝奇』という入り口にかかったのれんに顔をすりすりこすりながらイロナは頬を染めている。
「こっちにあるのは、紙製のランプ?お土産に売ってないかしら?10個ほど欲しいのだけれど!!」
そして真っ赤な『営業中』と漢字で書かれた提灯を撫で繰り回す。
「イロナサンガウレシソウデナニヨリデス」
なぜか機械的な口調になる鯖江。
「うん。そうだね。来てよかったね」
「お邪魔いたしますわ!」
店のガラス戸を開けると、右手に畳のテーブル席が二つ。
左手にニスの効いた椅子が八脚。カウンターの奥には店主のらしき男性がいた。年齢はそう、十六才先生と同じくらいの年ごろだろうか。
ガタイのいい筋肉質の、如何にも料理人と言った感じの男性であるがとても人の良さそうな印象を受ける。十六才とは正反対だ。
少なくとも、鯖江はそう感じた。
「いらっしゃい。何にします?」
「とりあえずビールお願いシマース!」
「お嬢さん方。未成年でしょ?学生さんに酒出しているばれると学校とか警察から苦情が来ちまうんですけどねぇ」
「あ、この馬鹿外人は放っておいてお昼ご飯をお願いします」
「ちょっとテレビで見た日本のドラマの真似をしてみただけでしたのに・・・」
イロナはとても残念そうにカウンター席に座る。その隣に巴川が座り、鯖江はなんとなくイロナの隣には座りたくなかったので巴川を間に挟んで座ることにした。
「ではソフトドリンクをお願いできますか?」
「あーそれなら店の前に自販機があるから好きなの買って飲んでくれ」
セルフサービスだった。
イロナは一旦店の外に出ると、ペットボトル飲料を持って戻ってきた。
「冷たい紅茶しかありませんでしたわ。しかもノンシュガーですの」
大変がっかりした様子だった。紅茶民族はイギリス人だった気がするが。ロシアもそうなのだろうが。
「もうすぐ春だからねぇ。で、なんにしましょう?」
店のオヤジが注文を取る。
「そうですわね。この私に相応しい」
「肉料理でお願いします」
「あ、あとできれば日本的なやつがいいんだってイロナちゃん」
鯖江が代わりに注文し、巴川が補填した。
「へい。わかりやした」
そう了解し、店主は厨房で料理を始める。
「貴方たち、どうも私を見縊ってらっしゃるようね?」
イロナが二人の同級生を睨む。
「うん」
「ちょっと変な外人さんだと思ってるよー」
「私は侮ってもよろしいけれど、私の御母様はとても偉大な御方なのよ?」
ディズニィーデザインラベルのディンブラ紅茶を飲みながらイロナは居酒屋で語り始める。
「あ、そう」
「どれくらい凄いのー?」
「今から十七年前の事よ。記録的寒波の影響でオホーツク海がほとんど凍り付いた事があったのだけれど、
その際カラフトにいた戦車師団が演習中に誤って北海道まで凍った海の上を渡って行ってしまったという事件があったの」
「へー戦車って海渡れるんだー」
「普通海渡れませんわよ。凍りついた海は鋼鉄製の船を叩き潰せるパワーがあるくらいの強度があるそうでしてね。問題はそこではありませんわ。演習中、つまり訓練のため、ほとんど実弾を持っていない戦車部隊が北海道まで行き、そこでダミー目標と間違えてアメリカ軍所属の世界統一政府軍戦車隊に向けて『訓練用弾頭』を撃ちこんでしまった。という事の方が問題でしたの」
「そんな事したら戦争にならない?」
「なりましたわよ。ロシア側は訓練弾頭装填の戦車一個大隊。アメリカ側は自走砲五。歩兵先頭車両十。戦車四十。そして4-Xが8機」
「4-X?」
「人型戦闘ロボットだよー。ブリタニアナイツの主人公が乗っている奴。こーぉんなにでっかいんだよぉ!」
巴川は両腕をいっぱいに広げてみせた。
「それ、ロシア側勝てなくない?戦車一個大隊がどんなもんか知らないけど、訓練用の弾しか持ってなくて、しかもアメリカ軍はなんちゃらってロボットまでたくさんいたんでしょ?」
「それがですね。文字通り壊滅状態のロシア軍部隊の上空を一機のヘリが通過いたしまてね。一時間ほどしてアメリカ軍側から無線連絡が来たそうですの。『司令部が陥落した。全面降伏する』」
「はっ?」
「それ、あっしが若いころテレビのニュースでやってましたからよおく覚えてますよ」
料理をしていた店のオヤジが口を挟んできた。
「この店を始める前ですが、北海道でロシアと米軍所属の統一政府軍同士の仲間割れゲンカが半日だけ起こっちまったそうなんですよ。でもロシア側から物凄くつぇええ女傑がすっ飛んできて、アメリカの戦車とロボット全部ぶっ壊しちまったそうだ。しかも魔法を使わなかったらしい」
「なんかそれ嘘くさくないですか?」
鯖江は素直に疑問に思った。
「あっし自身は北海道に行ったわけじゃありませんが、テレビ報道は散々されましたし、戦車やらロボットの残骸の前で記念写真撮る不謹慎な連中は大勢いましたからねえ」
このあたりが日本人気質である。
「この話には続きはありますのよ。御母様の功績を讃え、ディトヴィーチ・ルーチン書記長閣下が恩賞をくださることになりましたの。モスクワに呼ばれた御母様の前には書記長閣下と一人の少年がいたそうですわ。閣下はこうおっしゃたそうです。
『君の活躍には大変満足している。魔力にも技術にも頼らないまさに真の意味での超人的に活躍は世界統一政府樹立後我が祖国の権威と名誉と、
そしてかつてロシアだった呼ばれる地方の住人達が充分な世界の利益配分を受け取るのに最高の働きである。ところで同志イムナツァ』
『なんでしょうかルーチン書記長』
『ここに日本人の孤児でアフクメニスタンで傭兵をやっている16歳の少年がいる。唯一の特技は同志が北海道で破壊しまくった二足歩行型戦車を動かすくらいだそうだ。こいつと結婚しろ。嫌なら適当な罪状をつけて銃殺する』
『わかりました書記長。16歳の日本人孤児でアフクメニスタンで傭兵をしているロボットの操縦しか取り柄のない言うなれば只の部品としての価値しかない
男と結婚します』
『嫌だ。拒否する。俺は誇り高き傭兵だ。依頼を受けて戦う。それだけだ』
『ああ。すまなかった。16歳の日本人孤児でアフクメニスタンで傭兵をしていてロボットの操縦しか取り柄がなく言うなれば生体コンピュータ、ぶっちゃけもう脳みそだけ切り取って試験管コンピュータでいいよね君?ていう彼の意思を確認していなかったよ。日本人孤児の傭兵君、28歳の、自分より背が高くて胸が大きくてでもお肌の曲がり角の女性と結婚するのは嫌かね?』
『嫌だ』
『じゃあこうしよう。素手で同志イムナツァと勝負して、勝ったら結婚しなくていいよ』」
イロナは店の前の自販機で買った、ペット紅茶を飲んでから一言。
「ワンパンで御母様が勝ったらしいですわ。そして産まれたのが私」
「なんかその人。パンチだけで戦車壊せたんじゃない?」
「案外そのロシアのお嬢さんのお袋さんは、本当にパンチだけで戦車やロボットを壊していたのかもしれませんねぇ。はい。できましたよ」
店主が出してきたのは、ご飯とワカメの味噌汁。そして生姜焼きだった。
生姜焼きの香ばしい香りが食欲をそそる。
「まぁ!これはなんなのです!!」
「豚肉の生姜焼き定食です。もしかしてお嬢さん初めてですか?」
店主の説明に、イロナは豚の生姜焼きの皿を持ち上げて下から見たり、割箸で添えつけのトマトをつついてみたりしながらさらに尋ねる。
「ジンジャーソースでヴェヴィカーブしたシニナですのね・・・」
そして味噌汁を一口。
「さらにウォーラースリープのスープまでついて、これ。お高いのではなくて?」
「いえ。500円の定食ですが?」
「まぁ!500円!このような神が食するような供物を僅か500円で!??」
「ええ。まぁ・・・」
「なんて素晴らしい料理人なのかしら!貴方にフィン・マクールの称号を差し上げたいわ!!」
「ようわからんがありがとうございます」
店主は礼を言うと、恥ずかしげに首をひっこめた。
「神々がする、食事ねぇ」
「イロナちゃん。これ肉の生姜焼きだよ?」
「ええ!私は女神ですから、まさに女神に相応しい貢物ですわ!!」
イロナは豚の生姜焼き定食を頬張りながら確信に満ちた瞳で言ってのけた。