4/4 お昼前
「さて、お前ら昼休みなる前にいい知らせといい知らせがある」
十六才庸平先生は黒板にウルトラタイム80と書いた。
「まず最初のいい知らせだ。この学校のお昼休みの時間はなんと80分もあるぞ。社会人になると5分10分で食事を済ませ、あるいは昼食を取らずに死ぬまで働かされた挙句タイムカードにはきっちり休憩をとったと記入しなければならない人間が多いという言うのにお前たちは幸せ者だぁよかったなぁ」
「教師っていうのはそういう仕事なんですか?」
「教師になる前は世界統一政府軍で歩兵やってて、魔術師共の攻撃魔術が頭の上を飛んでいく下で缶詰食ったこともあるからな。それでもう一つのいい知らせというのはだな」
「平和な時代に生きているから感謝しろって言いたいんですか?」
「この学校には『学食』というものがない。それがいい知らせだ」
鯖江は首を傾げ、と、同時にずれた眼鏡の位置修正をした。
「それのどこがいい知らせなんですか?学食がなかったらどこでご飯を食べればいいんですか?」
「音読み眼鏡。お前は眼が悪いと思ったら頭も悪いようだなぁ。中学生高校生が学校で食事をするかといって、必ず学食で食事をしなければいけない。そう法律で強制されている事はないんだ。常に昼食を学食で取る事を強制される。そんな事は独裁国家。軍国主義国家。魔法使いどもの支配する悪の帝国のする事だ。だがお前たちは80分間という長いお昼休みの時間の間に学校を出て自由に歩き回り、好きな店に入って好きな食事を取る事をできる。民主主義とは個人の意思を尊重する政治思想であって、決して魔法使いどものように奴隷として民衆を支配する思想ではないのだ。自由万歳。彩光の民主主義に乾杯しよう」
「結局どこでご飯を食べればいいんですか?」
「お前たちは昼食選択の自由がある。なんと素晴らしいことだろう。家から弁当を持ってくる自由。ああ素晴らしい。コンビニでパンを買って食べる自由。素晴らしいじゃないか。ミスドでドーナツを食べる自由。悪くはないが少々糖分に偏り過ぎだ。昼食としてはお勧めしない。ハンバーガー店に入る自由。これはお店をよく検討して選ぶ必要がある。中国製の得体の痴れない賞味期限が半年ばかり過ぎた肉を出す店もあるからな。注意に越したことはない。お勧めはメス、セブウェイあたりだろうな。だがどうせ同じ肉を食うなら素直に焼肉屋に行くべきだ。昼間から焼肉。いや、昼間だからこそ焼肉をがっつり食う。朝は忙しいから駄目だ。かと言って夜食えば脂肪になりやすい。となれば肉を食うのは昼だ。昼間に食うのが一番いい。お前らの中には異世界中世風ファンタジーロールプレイグゲームが好きな奴が好きだという奴がいるかもしれんが、実際の中世ヨーロッパ人は昼間がっつり食っていた。畑仕事とかでスタミナ補給するため。そして夜の蝋燭代を節約するためだ。もちろん貴族連中は別だがな。1000円のパスタが食いたい。それもお前達の自由だ。だが俺なら焼肉ランチを薦める。とにかく肉だ。肉を食え。古来より世界中でふくよかな事は美しさの指標として扱われてきた。身長とバストサイズを大きく。お前たちは今正に第二次成長期のラストスパートだ。それを過ぎてやれ背丈を伸ばしたいだのもっと胸を大きくしたいだの言ってもすべては後の祭りに過ぎん。やるなら今だ。食事というの名のサプリメントを胃袋に流し込み、艶々の肌と潤いの髪と理想のスタイルを手に入れておけ。間違いなくお前たちの人生最後まで役に立つ掛替えのない財産になるはずだ。決して無駄にはならん。昼休憩に関する注意事項はそんなところだ。80分以内に、好きな店で、好きな物を食い、そして午後の授業に備えろ。以上だ」
十六才先生は言いたいことを言うと教室から出ていった。
さて、どうしたものか。
席を立とうとした鯖江に声をかける女生徒がいた。
「オンヨミメガネーさん」
青い瞳の若干細身の白人女性。その整った顔立ちの上にある金髪にはビーム砲台のようなコルネがついている。
はて、この外国人留学生は一体なにをわけのわからぬことをほざいておるのやら。
鯖江が白人学生を無視して座席を立ち上がると今度は別の学生が近づき、声をかけてきた。
「イロナさん。オンヨミメガネ、っていうのはニックネームだよ。その人の名前は島霧鯖江さん。わかる?サバエさん。だよ?」
ポニーテールの、快闊そうな女生徒である。
「私、巴川如月。よろしくね。鯖江さん」
一方の外国人女生徒。イロナという名前らしい。彼女はなぜか窓の外を見ながら自己紹介を始めた。
「も、もちろんサバエさんの名前くらい私は存じていましたわ。ちょっとからかってみただけでしたのよ!!」
そういう事にしておいてあげよう。彼女の名誉のために。
「それで、何か。ようですか?」
「貴方たちと一緒に食事を取る事を私にとって幸福なのよ!その栄誉を差し出す権利を奉げる機会を貴方たちに与えるわ!感謝する事ねっ!!」
「・・・なにこの人?」
「一緒にお昼食べたいんだって~」
巴川が通訳ボランティアを買って出てくれた。
「で、何が食べたいんですか。お姫様?」
鯖江はメイドになるには失格な態度で尋ねた。
「貴方のお薦めの、地元の日本料理店を御紹介くださるからしら?」
「できません」
「なぜかしら?」
「私は異世界で魔王を倒すために戦っていた勇者だったんですが、財宝を守るドラゴンと戦っていた時に突如走ってきた荷馬車に轢かれて死んでしまったんですよ。そしたら神様が現れて『今のは私の手違いだ。女の子に性別を変えて異世界に生き返らせてやるから許してくれ』と言われましてねぇ。この世界の事はなんも知らんとですよ」
「まぁ!でしたら食事をしながら遠い国の話でもしましょうか!」
イロナは自分の青い瞳を、鯖江によく見えるように近づける。
鯖江は大きくため息を吐いた。やれやれだわ。
「じゃあ、どこでお食事しましょうか?」
「・・・イロナさんの行きたい場所でいいです」