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誇り高き女騎士は何があっても屈しないものである

 体全体が重いと感じた。当然だ。崩れてきたコンクリートの下敷きになっているのだから。

 次に冷たいと感じた。当然だ。雨が降っていて、全身が濡れているのだから。

 自分がなぜここにいるかと考える。4-Xを一人で破壊しようとしていて。

 それで?

 学習塾のあるビルを階段で駆け上がって。


「・・・ビルに砲撃を受けた?」


 見つかった理由は、イロナにはわからなかった。

 攻撃を受けてまだ生きている理由は、まぁビルのコンクリート製の壁が盾代わりになってくれたからだと考えた。

 うつ伏せになった彼女は、両腕を動かそうとした。『シィーゲルネェービィーゼル』の装甲にヒビが入っているが、ほぼ原形を留めている。

 全身に痛みを感じるものの、体のどこにも外出血、骨折しているような感じは思えない。

 頭。異常なし。腕。異常なし。胸。異常なし。足。足。

 体を起こし、立とうとして、イロナは気づいた。


「足が・・・」


 足首に布団のようにガレキが重なっている。足と、腰の部分に装甲が間に挟まっているお蔭で爪先の感覚がある。

 きちんと繋がっていて、動かすことができるようだ。

 だが積み重なっているガレキは目算でトラック一台分はありそうだ。

 エグゾの筋力増幅装置をもってしても動かせるかどうか。いやまずはやってみなければ。

 とりあえず挑戦してみようと両手を伸ばそうとして、自分の腕が動かない事にきづいた。

 先ほど全身の異常を調べていた際、両手を自分の胸についた状態で完全に固定され、動かすことができない。

 いや、腕だけではない。胴体も含めて全身が動かない。

 やはり体のどこかに致命的な傷を負っていたのか。神経か。それとも骨格か。

 もはや指一本動かすことも。


「指は動く?」


 右手でVサインを作ってみる。できる。右手は問題ない。

 左手を開き、閉じ、親指を立てみる。できる。やはり問題はない。

 足の指も、視認はできないがちゃんとうごかせるようだ。動かせるという事はどこも怪我していいないという事である。


「ではなぜ動けない?」


 考えながら、視界を動かす。首と、目は動かすことができる。

 見えるのは雨雲と、雨と、ガレキと、水たまりと、精液を想起させる白濁した粘液質の液体。

 それはガソリンと消毒用アルコールを混ぜた臭いをイロナの鼻に突きつけ、彼女の股関節の辺りから漏れ出ている。

 イロナは女性である。子宮はあるが、睾丸はない。当然、勃起も射精もしない。

 もちろん両性具有でもない。

 だが間違いなくこの白い液は彼女の股から流れていた。


「油圧ケーブルがっ!!」


 『シィーゲルネェービィーゼル』は日本の電子技術とロシアの堅牢な機体設計技術が見事に融合した美しい機体と評される。

 重武装の携帯と装甲を維持したまま運動性能を維持ししている。それらにはエクゾシステムの根幹たる筋力増加装置のサポートが不可欠となる。

 ロシア側はこれに「我が国の国土での利用を前提とし、エクゾに保温効果を持たして欲しい。着用者の生存性向上のためである」と要求した。

 日本側はこれに「着用者がミサイル爆発に巻き込まれてしなないくらいエクゾを頑丈にしてほしい。人名は地球より重いのだ」と要求した。

 日本人技術者は「無理です。できません」と答えた。

 だが完成した『シィーゲルネェービィーゼル』を見てロシア人は言った。


「なんだい。できたじゃないか。これ正式採用するよ」

 実戦投入されて半年ほど立つが、榴弾砲に直撃されたのは今回が初めてである。

 他のエクゾ同様、『シィーゲルネェービィーゼル』も四肢を動かすための人工筋肉油圧液にバッテリーから電力を送り、稼働させている。

 『シィーゲルネェービィーゼル』の開発初期、国土交通省の役人が防衛省開発局を尋ねてきた。


「日本独自のエクゾ開発をしているそうだね?」


「はい。ロシアと共同で。それが何か?外務省には話を通してありますし、しかし国土交通省の方がなんでまた?」


「いかんよ。君たちぃ」


 国土交通省の役人は、一本のペットボトルを出した。そして中身の黒いネットリとした液体を皿に注ぐ。


「これ、エクゾ用の潤滑液だろう?」


「はい。米国ガイア社製標準タイプエクゾに使用されている稼働潤滑剤です。それが何か?」


 国土交通省の役人はマッチを擦ると、黒い液体の中に放り込んだ。

 黒い粘液は、勢いよく燃え始める。


「これ可燃物じゃないか。ダメだよ君!こんなものでお洋服なんて作っちゃ!」


「あ、いえ。我々が造っているのは服ではなく国際共同開発の兵員用装備でして」


「ミカンロボットならいくら造ってもいいんだよ!輸出してもいいよ!あれは法律上特殊車両だからね。でも人間が着る物はあれは」


 国土交通省の役人は一度後ろを振り向き、向き直り、両手をペケにして、それから叫ぶ。


「ダメーッ!!!ガソリン着て歩くようなもんじゃん!!危険物取扱法消防法石油類備蓄に関する法律揮発油品質確保に関する法律石油類災害防止法石油需給適正化法石油の保安確保及び取引に関する法律どんだけ違反してるんだよ君!!日本は法治国家だよ!!そもそも君達自衛隊は」


「世界統一政府軍日本駐屯を頭につけてください。新聞、テレビ報道と同じように」


「法律違反大好きヤローの魔法使いどもを皆殺しにするために戦争しているでしょ?!!」


「貴方石油族なんですね?」


「うん。僕オイルマネー大好き。だから石油利権を脅かす魔法使いどもを皆殺しにしちゃってね。それはそれとして」


 国土交通省の役人は、テーブル上の皿で燃え上がる炎を示して言った。


「こういうのを人間に着せちゃだめだよ!悪い魔法使いどもと戦争するんでしょ!兵隊さんたちが簡単に焼け死んじゃうでしょーがっ!!」


「しかし、エクゾを稼働するために稼働潤滑剤が必要でして」


「なら燃えない物で稼働潤滑剤を造ってよ!!」


「それもそうですね。燃えない液体で、衝撃性を緩和し、伝達性がある不凍液を開発してみましょう」


 『シィーゲルネェービィーゼル』は日本特有の縦割り行政の弊害を排し、様々な部署から取り寄せられた意見を実現した結果、驚異的な生存性能のエクゾスケルトンとなった。

 これを超える生存性のエクゾシステムは現在のところ、世界中どこにも存在しないだろう。


「すいません。局長。開発予算が尽きたのですが」


「『シィーゲルネェービィーゼル』は完成しているだろ?何か問題でも?」


「油圧伝達ケーブルがテスト時に使用した従来品のままです。これでは実戦投入した場合、強度不足で破損する恐れがあります」


「でも完成しているよね?」


「はい」


「試射で15ミリ徹甲弾弾いたよね?」


「はい」


「2トントラックでダミー人形轢く実験やったけど、無傷だったよね?」


「はい」


「その装甲をつけた状態で問題なく歩ける人工筋肉、できたよね?」


「はい」


「ロシアは雪国だから不凍性の参考になるかと思って水産庁に行ったら、『じゃあせっかくなので海に浮くようにしてください』って頼まれて、海に浮くように、僕したよね?」


「はい」


「なら問題ないじゃん。他には?」


「局長は素晴らしい開発者です。『シィーゲルネェービィーゼル』予算、期限内に規定要求をすべて満たし、無事に完成いたしました。なんら問題はございません」


「結構」

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