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使い道のない魔法の話

 4-XHは車道が青信号の道路を渡りながら25ミリ共用ライフルを発射した。

 車道が、青。

 ということは、横断歩道側は赤ということである。

 身長10メートルのくろがねの巨人を避けようとした自動車が横転した。

 運転していた人間の生死は不明である。

 イロナは自分に向けて放たれた25ミリの機関銃弾を回避せねばならない。

 車道側に向けて回避。

 後方からクラクション。

 車が近づいてくる音が聞こえた。

 人間は二脚戦車と違う。自動車と衝突したら、大破するのは人間の方である。事故をさけるため、さらに側転。

 イロナは後ろから時速六十キロほどで近づいてきた自動車も回避した。


「あぶねーじゃねーかっ!!」


 罵声と共にペットボトルが投げつけられた。

 直撃。

 頭から中身をかぶる。

 イロナは思う。

 小水をペットボトルに入れて車道に投げ捨てる連中は全員銃殺刑にできるよう今すぐ法律を改正すべきだ。

 イロナにペットボトルをぶつけた自動車を横目に4-XHは左肩に折り畳まれていた155ミリキャノン砲を展開する。

 『たったまま』で、だ。


「冗談はお辞めなさい。そんな大きな大砲直立姿勢のまま撃ったりしたなら容易に転倒」


 二脚戦車はその構造上どうしても重心が高くなり、上半身部分に強い衝撃を受ける。

 従って大口径砲を使用する際には着座し、機体の安定性を高めねばならない。

 そうしなければ発射時のキャノン砲の反動を受け止めきれず、ひっくり返ってしまっだろう。

 4-XHはそんなことはおかまいなしにそのままグレネードランチャーを発射した。


 『味伝奇』の店内が大きく揺れた。


「近いですねぇ」


「そうだな。ところで換気扇の出力を最大にしてくれんかね?」


 老紳士は『味伝奇』の店主にそう注文した。


「どうしてです?」


「マナフュル粒子は魔術師の使う魔法に反応して爆発、炎上をひき起こす。それは理解しているだろう?」


「ええ。雨の日は十パーセントだか二十パーセントくらいだかで。そして、世界統一政府軍は八割、九割で魔術師を火だるまにできるガスを戦場でばら撒くらしいですね」


「まぁ基本はそうだな。だがマナフュル粒子を人為的に低下させれば、例えばこの店の換気扇で空気を攪拌してやれば、より確実に防御の魔法を発動させる事が可能となる」


「別にいいじゃありませんか」


 店主は言った。


「女房が死んで十三年。あっしも旦那と同じ死に場所を見失った口ですがね。それが今日。いきなり見つかったとして、別にかまわないんじゃねぇんですかねぇ?」


「なるほど。そういう考え方もあるのか」


 それを聞くと、老紳士はクリームソーダを手に取った。

 緑色の炭酸水の中に、透明な氷が浮いている。


「ところで、疑似的に体重を増やす魔術。というものがあるのを知っているかね?」


「いいえ。なんに使う魔法なんですか?」


「私も使い道がわからなかったんだよ。質量が増えるわけでもなし。例えば家畜にかけて、食べる量が増えるわけでもなし。空にいる時に唱えれば、より強く地面に叩きつけられ、海にいれば、そのまま海底へと沈んでいく」


「意味ないじゃあありませんか」


「ところで、今、このコップの中に氷が浮いてるだろう?」


「浮いてますが」


 老紳士は氷をストローで押した。氷はコップの底に沈んだ。


「これが疑似的に体重が増えた状態だ。だが、本当の重さ自体は変わらない。コップの縁から溢れなければ、クリームソーダが外に溢れ出る事もない」


「そんな。溢れ出るはずがありませんよ。ちゃんと調節してますからね。で、それがなんなんですか?」


「それが重要なんだ。体重が増える魔法を使って、氷の位置が変化したにも関わらず、コップの外にはなんら影響がないんだよ。つまり私が言いたいのはね」


 老紳士は、クリームソーダをストローで一口飲んでからこう結論を述べた。


「核爆発を引き起こす魔法で敵艦隊を街ごと吹き飛ばす魔術は二流ということさ」


「成るほど。魔法は人間がよりよく生きるために使えってことですね」


 『味伝奇』の店主は老紳士の言葉をそう解釈した。

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