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ガレージの中で

「はい。外れましたわ」


「ありがとう。イロナさん」


 榛名第三高校に戻るなり、校長から呼び出しがあったと言ってどこかに行ってしまった十六才という名前の四十二歳のだらしない教師に代わって、巴川の千切れた右腕を鯖江の手から取り外してくれた。


「私達、どうなっちゃうんだろうね・・・」


 遠くの方に四四式戦車二台が残るだけのガレージで、鯖江はつぶやいた。


「たぶん。さっきの4-XHと戦えと言われますわね」


「そんな!勝てるわけないよ!」


 鯖江の眼鏡は先ほどの戦いで歪んでいるわけでも割れたわけでもない。

 それでも少し視界がぼやけているのはうっすらと滲んだ涙のせいだろう。


「みんな殺されちゃったんだよ!そもそも私達兵隊じゃない!そうだ。一緒に逃げよう!それでいいじゃん!どっか、安全な場所にさ!!」


「それは素晴らしいアイデアだな。できれば俺もしたいくらいだぁ」


 十六歳という名の四十二歳の疲れた瞳の中年教師は、左手にコピー用紙のような物を持って戻ってきた。


「お前達にいい事を教えてやろう。今朝富奥ダムが決壊した。この学校のガレージにあったST-3がないのは、二、三年生と一緒に下流河川の街に災害救助に向かったためだ。周辺地域の軍事施設、あるいはST作業機を持っている連中に県知事から出動要請が出ているそうだ」


「だからなんなんです。私はもう怖いのはごめんです」


「梅雨の季節でも台風の季節でもないのに、地震も何もないのにダムが崩れると思うか?」


 鯖江は答えなかった。代わりにイロナが答えを言う。


「テロ、ですか」


「魔術師解放同盟の自爆テロらしい。それと、だ」


 十六才は携帯電話見せた。


”我人民軍没?有魔術的兵団”


 中国語の文章と共に、この一文がはっきりと読み取れた。


「なんですか。それ」


「今日の午前九時ごろ更新された、中国人民解放軍のウェヴサイトだ。ちなみに魔術解放同盟の自爆テロがあったのが今朝の午前八時から十時頃らしい」


「つまり、どういうことなんですか?」


「で、お前達を襲った4-XHなんだが。世界統一政府軍米国所属部隊が統一朝鮮に4-X系機体を三機、売却したんだが。三ヶ月前その三機を民間の修理工場に送られた際、すべて魔術解放同盟に強奪されるという事件があった。そのうちの一機がお前らを襲った奴だ」


「なんで軍事施設からロボットが盗まれるんですか?どうして朝鮮半島で盗まれたロボットが日本で暴れているんですかっ!!どうして私たちが殺されなきゃならないんですかっ!!!?」


「兵器が盗まれるのは朝鮮半島ではよくあることだ。その兵器が日本で暴れているのはまぁ、中韓の政府。軍関係者が手を回したからだろう。部品ごとにばらして、飛行機に積んだか、船で運んだかは知らん。で、この街で暴れまわっているのは他人の不幸は蜜の味ってやつだ。要は日本人に嫌がらせしたい特定アジア国家と、とりあえず人間に危害を加えたい魔術師解放同盟の意見が一致した。まぁ某国の皆さんはテロの被害に遭われまして日本人可哀想ですねお悔やみ申し上げます。そう言ってくれるだろうな。よかったな。国家元首がお前らの墓前に花束をくれるかもしれんぞ?」


「そんなの貰っても嬉しくありません!!」


「もっと素晴らしい知らせがある。現在統一政府軍日本所属部隊はST-3しか二脚戦車を保有していない。人類が魔術師との戦争で優勢なため、軍事費に金をかけるべきではないということが毎年国会で議論されている。よかったなぁお前ら。自分の産まれ育った祖国が先軍政治でなくて。これがどういうことかわかるか?」


「魔術師のテロリストは最新型の4-Xに乗って襲ってくる。でもこの国には旧式のST-3しかない。そういうことですわね?」


「日本国内に4-Xがないわけじゃない。在日米軍だ」


「じゃあ在日米軍に助けてもらえばいいじゃないですか!いっぱいあのロボットもっているんでしょっ!!?」


「ああ。確か去年の時点で4-X系の生産台数が4万機を超えたってニュースでやってたな」


「よ、四万・・・?あの化け物が、四万も・・・?!!」


「ああ。魔術同盟に盗まれたのは三機だ。残りの4万機強は統一政府軍がきちんと管理してるからな。お前らが叩かなければならないのは多くても三機だ。凄くすごくいい知らせだ。よかったなぁ。お前たちは幸せ者だぁ」


「じゃ、じゃあその政府軍のロボットが私達を助けてくれるんですよね??!」


「来んぞ」


「えっ?だって統一政府軍が持っているて・・・」


「統一政府軍は実質旧国連軍が名前を変えただけの物と一緒に言っていい。すべての魔術師を地球上から一掃するという目的で戦っているが各隊の指揮は各国の政府に委ねられている。日本政府が米国側に出動を要請するか、米側が必要と判断しない限り在日米軍は動かない」


「今が緊急事態です!私が、いえ。私のクラスメートが沢山殺されてますよっ!!」


「ほいこれ」


 十六才は鯖江に左手に持っていた一枚のファックスを見せた。


「昼頃学校の職員室に届いたそうだ。正式な物は一週間後くらいに県庁に届く。学校には即座にファックスで、正式な書類が一週間後っていうのがよくわかっているじゃねぇか。って褒めるべきところなんだろうな」


 鯖江はファックスを見た。

 それはうすら寒いほど綺麗な文面だった。


 榛名第三高校の生徒並びに職員一同様。


 此度は富奥ダム決壊に伴う水害により非常に不安な心境かと存じております。

 さてこの水害発生に伴い、職員並びに全生徒の方々には戦前に策定された臨時徴集法に基づき、

 統一軍の補助業務を行っていただくことになりました。あくまで非正規戦闘員ですので、

 皆さまは現在の学籍、住居を維持ししたまま生活することが可能です。

 通勤電車で通える範囲内では戦闘行為は原則行われません。

 なお、皆さまは徴兵された正規軍人ではありませんが、統一政府軍各国部隊の行動に

 著しく支障を来す様な行為があれば刑事処罰の対象となります。



                                世界統一政府軍 人事部』


 言葉遣いはクソが付くほど丁寧にも関わらず、内容はブラックな気がするのはなぜだろうか。


「要約すると魔術師共との戦争が盛んだった時代に造った法律が今でも有効だ。お前らを兵士にしてやっから4-XHと戦え。逃げたら敵前逃亡で銃殺」


 十六才は鯖江に渡したファックスをちょいちょい。とつついた。


「ファックスが学校宛なのは生徒の逃亡を防ぐ為。正式書類が県庁に届くのは一週間後、学校には書類を受け取る人間が『いない』可能性が高いため。だな。いや。軍の上層部はお利口さんだぁ。優秀な司令部を持ってお前たちはつくづく幸せ者だなぁ」


「素晴らしいですわ。もし、わたくしが背広組でしたら間違いなくこの内容でファックスを流しますわね」


 イロナはしきりに感心していた。


「何を馬鹿な事言っているんですかっ!!私達を見殺しにする軍部がどこが優秀なんですかっ!!」


「それ自体が高度な戦略なんだよ。何も核ミサイルがあるからって、敵の国の大艦隊を港町ごと吹っ飛ばすだけが戦略じゃないってこった」


「だからどうして私達が見殺しにされるんですかっ!!」


 十六才は右手で壁を突いた。鯖江の背中がガレージのコンクリ壁に押し付けられる。

 マスコミで有名になった壁ドンの態勢だ。


「いいか。今日本はST3旧式二脚戦車しか持ってねえ。4-Xシリーズの新式戦車をアメリカ軍は持っている。大量にな。ところで、魔術師のテロリストがその4-Xで日本の学生を殺したり、街で暴れたりしたとしよう。政府、そして統一軍日本駐屯部隊はこう公式発表するはずだ。


『我が国にも新型4-Xがあれば彼らを護れた。学生たちは死なずに済んだ』。っな。


 そして来年度の予算に4-X購入費用が計上されるわけだ。

 よかったなぁ。お前の友人たちの死は、決して無駄死にではないぞぉ」


 そして、十六才は壁から手を離した。引き続いて四十二歳の教師はカードをテーブルの上にばら撒いてデュエルをするようなポーズを取る。


「お前ら学生の命を生贄に、強力なロボット兵器をバトルフィールドに召喚!遺族に壱千万程度支払うだけで新兵器が手に入るんだ。これはやらなくちゃあ損だよなあ」


 たぶん税関で見つけて、そのうえで見逃していたんだろうな。十六才はそう確信した。

 確信したから現状が変化するわけでもないが。


「嫌です・・・。私、ロボットを呼び出す為の、生贄になんかなりたくありません・・・」


「素晴らしい話をあと二つほどしておくか。4-XHは対人戦闘に特化していな。装甲が非常に厚い。先行量産型の4-X(P)で問題になった足回りへの攻撃に対応するため脚部の装甲が特に強化されている。対戦車地雷を踏んだくらいでは足は壊れない。さらにホバー、ジャンプ移動用ブースターまで潰して装甲に変えた。ブースターを狙ってライフルを撃ち込む。という、まぁ素人でも考えそうな攻撃は効かん」


「戦車だって無理のはずでしょう?」


「そうだ。前面装甲は非常に厚く、先行量産型の280パーセント増しだ」


「に、にひゃくはじゅう・・・?!!!」


「ああ?120ミリ砲を4、5発耐える程度の防御力しかないから心配するな。ちなみに背面装甲は220パーセント。運動性能は120パーセント増しといったところか。そんな顔をするなぁ、音読み眼鏡。隕石爆撃がなくとも普通の航空爆撃で充分破壊できる強度だぞ。何しろ4-Xシリーズを造ったのは火星人でも木星人でもなく同じ地球人。アメリカ企業のガイア社だぁ。よかったなぁ地球の技術オンリーの敵で」


「戦車の攻撃効かないんでしょ!?それじゃあ弱点がないじゃないですか!!!」


「弱点ならあるぞ」


 十六才は一枚の写真を見せた。4-XHを、背中から撮ったと思しき写真である。


「全体的に装甲が厚い。という事は全体的に重いという事だ。橋の上から海や川に突き落としてやればそのまま溺れ死ぬ」


「ここは街中ですよ!あいつが溺れそうな海なんてどこにあるんですか!!」


「もう一つの弱点は、ここだ」


 十六才は、写真の一点を指さす。

 4-XHの、肩の付け根部分。


「装甲が厚い。それは腕も同じだ。4-XHはその分重量過多になっていてな。特に肩口に負担が係る。狙うとしたら、そうだな。より重い武器が銃を持っている方か、重い大砲がついている方の方を狙って攻撃しろ肩が外れたら、装甲が一か所でも壊れたらお前らの時間だぁ。パイロットを好きにしろ」


「で、でもどうやって・・・」


 十六才はもう一枚の紙を見せた。それはこの周辺の地図だった。


「ガレージには戦車が二台残っている。一台借りることする」


「戦車では二脚戦車に動きがついていけませんわよ?」


「ただの大砲。戦車本来の使い方をする。それなら問題ない。そもそも戦車は囮用で、本命はお前達だ」


 十六才は地図の、駐車場を指でなぞる。一か所はスーパー。

 もう一か所は、鯖江の住むアパート近所の児童公園だった。


「スーパーは却下だ。買い物に来る客がいる。確実に死人が出る。なら場所はこっちの公園しかない」


「公園には子供が遊んでいますよ?」


「今日は雨だ。雨の日はガキ共は家でビデオゲームで魔術師共とドンパチしている。まぁ俺達は雨の中、本物魔術師とドンパチするがな。負けたらコンテニュー出来んのがちと残念だぁ」


「じゃあ先生が戦車であのロボットをやっつけてくれるんですか?」


「さっきいただろうが。俺が乗る戦車は囮に過ぎん」


 十六才は地図に赤のボールペンで線を引いていく。榛名第三高校。児童公園。そして。


「お前らが4-XHに出くわしたという工業団地。倉庫と、背の低い町工場が入り混じった場所だな。このどこかの建物が4-XHに潜んでいるはずだ。今も頭のカメラを修理して、25ミリマシンガンや燃料の補給しているに違いない。それが済んだら再び襲ってくる」


 ボールペンで線を。高校と、工業団地に長い線。そしてその線につながる児童公園に短い線が、一本。


「真っ直ぐに来るなら歩きやすい大通りを歩いてくるはずだ。だからまず囮になって4-XHを脇道に誘導。俺が乗る44式戦車に正面からぶつかるよう誘導しろ」


「戦車の大砲は効かないんじゃ?」


「戦車が囮と言わなかったか?砲撃を喰らったら、当然4-XHは俺の乗った戦車を破壊するために近づいてくる、或は攻撃してくるはずだ。その隙に背中からお前らがバズーカを撃ち込む。ただし問題がある」


「え?完璧そうな作戦ですけど?」


「4-XHには対人戦闘に特化した機体でな。その分センサー機能に劣るんだ」


「じゃあ目が悪いってことですか?弱点じゃないですか」


「ところで、お前らが演習に持っていたライフルあるだろ。あれ実弾装填して、有効射程200メートルなんだが」


「装甲が厚くてメインカメラ以外無意味なんでしょ」


「4-X系列にはガイア社が開発したターレットセンサーというものがついていいてな。半径200メートルの絶対索敵範囲というのを保有している」


「なんですかそれ」


「時機の周囲200メートルにいる敵兵士を無条件に見つけるセンサーだ。性能はお前らが一番よく理解していると思う。生きている人間だけ発見して、死体は感知しない。建物に隠れても無駄だ」


「すいません。これ本当に地球の技術だけで作られたロボットなんですか?人間が造った兵器なんですか?」


「何度も言わせるな。アメリカ企業ガイア社製4万機以上生産済みの機体だぞ。死体は体温もないし、呼吸もしないからそれを利用して探知しているだけだ。つまりこいつを攻撃したければ、『200メートル以内の死人が攻撃する』か、『200メートル以上離れて銃をぶっぱなす』しかない」


「死んだら攻撃できません」


 十六才は自分の首をつつくジェスチャーをした。


「音読み眼鏡。サーモアーマーのお蔭で自分の体温が下がらないのは知っているな?作戦が始まったらサーモアーマーのスイッチを切れ。エクゾの構造上雨で体温が下がり、機械の目には死人と認識されるはずだ。イロナが囮をやる。俺が仕上げに戦車砲を撃ち込んだら、お前が4-XHの肩にバズーカを撃ち込め」


「それって・・・」


「仲間の死を無駄にするなよ。線香と花束をあげたきゃ4-XHに黙って踏みつぶされろ。それが嫌なら、機械の目には『死人』と認識されるお前が、奴の肩にバズーカを撃て。そうすればお前は死なずにすむ」

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