撤退戰
荷台部分に屋根のない軽トラックを走らせながら時折十六才は上空に赤の信号弾を放つ。
「ちゃんと来てくれるといいが」
既に全滅しているのならば無意味な行動である。
運転しながら十六才はこうも考えた。
「あ、俺が敵の司令官なら予備戦力配置して逃げてきた連中叩くか」
もしそんなのがいたら御仕舞である。
その時は諦めて簡潔な遺書を書くことにしよう。
直進すれば隣の県に繋がる県道31を走り始めて一キロ。三発目の信号弾を撃ちあげようとしたところで側道から飛び出す人影があった。
生存確認。少なくとも二人。
どうやら自分のしている事は無駄ではなかったらしい。
「イロナ!そいつと一緒にトラックに乗れ!」
特徴的な金髪の少女に声をかける。
「十六才先生?!あなたどうして??!!」
「あの4-Xに乗ってるはたぶん魔術師だ!生き延びたら詳しく説明してやる!!」
イロナは脚部跳躍用ブースター機能により軽やかに飛翔。荷台に麗しく着地する。
鯖江も後に続く。着地に失敗し、荷台から転がり落ちる。
走る軽トラックの上から道路に落下する前にイロナに腕をつかまれ、荷台に引き戻された。
「あ、ありがとう。イロナさん・・・」
「貴女という人はっ!どこまで足手まといなんですのっ!!」
殴ってやりたいところだが、今はそれどころではない。
「十六才先生。何か武器はあります?バズーカ、いえ。実弾でしたらマシンガンでもなんでもかまいませんわ」
十六才はハンドルを回しながら拳銃を取り出し、渡した。
「ふざけてますの?」
「本当は戦車でお姫様の救出作戦をしたがったがスピードがでねぇ。確かに何か武器を積んでくるべきだったな。すまん」
イロナが受け取ったのは9ミリベレッタだ。ひ弱なゾンビを倒すのには使えそうだが、9メートル以上の背丈のロボットを倒すのに使えないだろう。
「ていうか十六才先生。この車学校とは反対方向に向かっているんじゃ?!!」
「直線距離で戻ると街の中心部を突っ切ることにるんだよ。一度やり過ごしてから迂回して戻る」
「そんな悠長な事をしていたらしんじゃうよ!」
「イロナ!トラックの運転席の屋根を引っぺがせ!」
受け取ったベレッタで自分の頭を撃ちぬこうかでも綺麗な顔が砕けるのはいやだなじゃあ胸にしとこうかななどと自決の方法を考えていたイロナに十六才は命令した。
「はあっ?貴方何考えていますの?」
「屋根を4-XHに投げつける!嫌がらせくらいにはなる!!」
「わ、わかりましたわっ!!」
前方にもう一人生徒が見えた。反対車線である。
「剥がれました、わっ!!」
運転席の屋根を剥がしたイロナが報告する。
「投げつけろ!あいつも拾っていく!!」
分離帯を越えてトラックは逆走。逃亡する女生徒と並走するために速度を下げた。
「巴川さんっ!乗って!!」
鯖江は巴川に手を伸ばした。イロナが自分にそうしてくれたように。
巴川も鯖江に手を伸ばす。しっかりと握られる。
「絶対に、離さないでね・・・!」
「死んでも離すもんかっ・・・!!」
鯖江は巴川を引き上げようと腕に力を込めた。
速度が低下したのをいいことに、4-XHがスピードを上げる。先ほど投げたの運転席の屋根も、ほんの一、二秒。足の速度を遅らせただけに過ぎない。
直撃したのが対戦車バズーカだったら、もう少し違った結果だったことが悔やまれる。
「追いつかれますわっ!」
「右の駐車場に逃げ込むっ!!」
十六才はさらにハンドルを切った。速度が低下していたので横転はしない。急に方向を変えたので4-XHに踏みつぶされもしない。
逃げ込んだ先は五階建の立体駐車場だった。
「ここは?」
「潰れたパチンコ屋だ。ここで奴を迎え撃つ」
「模擬弾のライフルしかないって貴方が御存知じゃ!」
駐車場内に激しい銃声が鳴り響く。
トラックが隠れた目がけて、4-XHが25ミリマシンガンを撃ち込んでいるのだ。
「もうだめ!御仕舞ですわぁ!」
「いや。もうちょっとだけ続くんだ」
十六才庸平という名前の、四十二才の教師は、イロナが持っていたアサルトライフルを拾うと軽トラックが隠れたコンクリート壁越しに4-XHに狙いを定めた。
「なにやってますの?」
「もうちょい右・・・。上の方で撃った方がいいかな?弾は入っているよな?」
「え、ええ?でもそれは模擬弾で」
「よし今だ」
十六才は引き金を引いた。
4-XH一瞬、全身にひきつけの痙攣を起こしたかのような振動を起こし、後ずさる。
そして顔を抑えるような仕草をして、潰れたパチンコ店の駐車場から離れていった。
「逃げていく?弾丸が当った?そもそも模擬弾で大ダメージ?どうなってますの?」
「ほぼ生存が確定したからゆったりと説明してやる。装甲がない目玉、つまりメインカメラに模擬弾を撃ち込んだ。他に質問は?」
「あの、どうして当たったのか。不思議でなりませんわ・・・」
「この駐車場は五階建だ」
「ええ。そうですわね」
「壁や窓ガラスがなくとも、鉄筋コンクリート製。実質普通の建物と変わらん。この建物を25ミリ弾で破壊することは不可能だ。一階駐車場にいる俺達を殺したかったら、そうだなぁ。さっきやつがしていたように、4-XHの機体を腹這いの姿勢。匍匐前進の状態にしてから狙撃するしかない」
「してきましたわ」
「戦場ではごくまれに弾切れの芝居をして敵を撃ちとる役者がいるそうだ。だが、生身の人間相手にそんな大道芸は不要だ。弾を綺麗に撃ち切ってから弾倉交換するだろう」
「はあ」
「その瞬間俺が撃った。匍匐の状態で、弾倉交換しながら、回避運動をしろと。4-XHの内臓コンピュータはさぞ困っただろうな。そりゃあ頭部カメラに直撃もするだろうな」
「ちなみにここは元々パチンコ店の駐車場だったところだ。だから」
十六才は天井付近をアサルトライフルで狙い示した。そこには丸い鏡があった。カーブミラーである。
「あれに写った4-XHの姿を見て、壁越しにブラインド射撃をした」
「なんなんですのその大道芸は?」
「お前もやっぱそう思うか?だが意表をつけたようだからな。きちんとあったろう?」
アサルトライフルをイロナに返却しながら十六才という名の四十二歳のマジシャンはマジックの種明かしもする。
「そういえばさっきから妙に鯖江が静かだな?」
「確かに。鯖江さん私達助かりまして・・・よ?」
イロナは荷台にいる鯖江に声をかけた。
落ち着きを取り戻した声が、再び凍りつく。
「どしたぁ?道路で4-XHは銃を撃ってこなかったはずだぞ?」
十六才も荷台の鯖江を確認した。
ちゃんと生きている。五体満足で。
「・・・イロナ。十六才先生・・・?」
鯖江は、右手に、右腕を持っていた。鯖江の物ではない。鯖江の右手も左手も。右足も左足も。すべて彼女自身の胴体に繋がったままだ。
「巴川さんの、体がないの。さっきまであったのに。ちゃんと。私。持っていたのに」
鯖江は立ち上がった。
「そうだ。探しに行かないと。巴川さんの体。探して。この手とくっつけてあげないと。可愛そう」
「イロナ。お前鯖江とキスしろ。舌入れて息を吹き込んで乳を揉め。つよぉ~だ」
「な、あなた教師のくせになにをっ!!」
「人工呼吸だ。手遅れになる前に鯖江の魂をこの世に呼び戻せ。早くせんと手遅れになる」
まぁ。それをやるのが一番確実な方法なのだろう。
「失礼いたします」
一言断りを入れてから、イロナは鯖江の女の子特有の柔らかい唇に自分の舌を入れ、乳房を巧みに揉みしだく。
「む、むふううんん??!!!イ、イロナさん??!あ、あんた何をっ!!」
「ん、お目覚めに。なりまして?」
イロナは自分の唇から零れた鯖江の唾液を、中指ですくい取って飲み込んだ。まんざらでもなかったようだ。
「二人とも。帰るぞ」
「帰るって・・・。そうだ!巴川さんが、・・・さん??」
鯖江は自分が巴川の右手を握りしめたままな事にようやく気付いた。主を亡くした巴川の右手も、彼女をしっかり掴んで離そうとしない。
「それ。いつまで持っているの。トラックの荷台に放り込んでおきなさい」
「あの、これ。離せないんです。私の方で離そうとしても、こっちの掴んだ腕の方が私の手を握り締めていて・・・!!」
「エクゾの強化伝達腕機能のせいだな」
トラックの運転席に乗り込みながら、十六才が言った。
「死ぬ寸前までお前の腕を掴んでいたから、その状態のままで故障して、エクゾが固定して腕のパーツだけくっついているんだ。学校に戻ったら工具を使って外してやるからそれまで我慢しろ」
サイドミラーで、女子生徒二人の様子を見ながら十六才庸平という名前の四十二歳の教師は思った。
訓練期間一週間未満。模擬戦闘経験なし。そもそも実弾なし。二十名中二名帰還。
俺の初陣とは逆の悲惨な初陣にしちまったな。
「イロナ。お前学校に戻るまで鯖江と一緒にトラックの荷台に乗っててやれ。支えてやれるのはお前だけだ」
「言われなくてもそうしますわ」
イロナは巴川の右腕の掴んだままの鯖江の左手を、やさしく握りしめながら運転席の屋根が壊れた軽トラックの荷台に乗り込んだ。




