敗走戰
降り続く雨の中、ウサギ狩りは続いていた。
狩るは魔術師。魔力で空を飛ぶのではなく、4-XHという優に10メートルを超す巨大な鉄の鎧を身にまとい、手から魔術を放つ変わりに25ミリ共用マシンガンという、ごくありふれた平凡な武器で獲物を狙う。
逃げるは榛名第三高校の女子生徒。岩村重工製のエクゾを身に着けた、生身の人間。
通信機越しに悲鳴が聞こえる。
『鉄砲撃っているのに効いてないよおおおおおお???!!!』
効く道理がない。12ミリアサルトライフルは軽く人間の手足を吹き飛ばすくらいの威力はある。
が、それは実弾だったらの話だ。模擬弾をあくまで訓練用であり、
遊戯用のBB弾と同じプラスチック製の弾丸である。
ましてや120ミリ徹甲戦車砲弾を耐える装甲を持つ4-XH相手である。
実弾だったとしてもその『装甲』には傷一つ叶わない。
『見つかりませんように!見つかりませんように・・・!!』
自動車の下に隠れた生徒の願いが聴こえる。
その自動車を踏みつぶして4-XHは右肩の大きな105ミリキャノン砲を放った。
弾倉の交換で様々な用途に使える優れもので、先ほど上空に花火を撃ったのもこの大砲である。
『ヴぇおおお!!!』
ただし、本来の目的は戦車や、あるいはこのように榴弾を装填して人間を攻撃するための物である。
鯖江はアサルトライフルを構えた。
「何やっていますの!逃げますわよ!」
すぐ隣にいたイロナが叱咤する。
「それは模擬弾。訓練用のプラスチック製弾丸ですわ!そもそも人間の銃器が二脚戦車に通じると思いまして?!!」
「煩いっ!あんな化け物私がやっつけてやるっ!!」
鯖江はイロナの制止などお構いなしに模擬弾を4-XH目がけて撃ち込んだ。
20発すべてのプラスチックの銃弾は、4-XHの頭部に正確に飛んでいく。素晴らしい。メインカメラに当れば勝機は間違いなくあるはずだ。
外部の情報を取得するカメラ。その性質上、そこには装甲はない。
「ああいつ頑丈なやつの弱点は、目玉か腹の中って相場がきまってるんだよおおおおおおおっ!!!!」
鯖江が300メートルほど離れた場所で放った12ミリライフルの銃弾は、30メートルほど手前ですっ、と上がった4-XHの右手が盾となり、メインカメラには命中しなかった。
ちなみにアサルトライフルの有効射程は200メートルだ。
「あっ・・・」
「死にたくなかったら本気で逃げなさい」
イロナはそう告げ、逃げ出す。
「待って!置いていかないで!!」
あわてて鯖江もイロナの尻を追いかける。
「別に倒して欲しいとは頼みませんわ。でも、足止めくらいはさなってくれるのでしょう?」
艶っぽく。だが憎しげな視線でイロナは鯖江を見つめる。
「そんな!お願い!助けてよっ!!」
イロナは戦意を喪失した鯖江を見て歯ぎしりをする。
こいつが犬死にするのはいい。4-XHに挑むなり羽虫のように潰されるなりしても構わない。
だがそれに私を巻き込むな。迷惑だ。
いっそのこと模擬弾でこいつの足を撃ち、転ばして囮にすべきか。
そうだ。それしかない。自分が生き残るためには。
イロナがそう思い、アサルトライフルを構えると、前方に赤い信号弾が上るのが視認できた。
センキョウオモワシクナク。テッタイサレタシ。
「あちらに逃げますわ!!」
「え?わ、わかった!!?」
味方がいると思しき方角に向かって加速する。
囮を使うのはまだ早い。本当に危なくなったら使おう。
イロナはそう心に誓った。




