4/8 模擬弾演習
朝方から降り続く雨の中を鯖江達は街を西に向かって歩いていく。
天気が悪いせいか、まれに車とすれ違う程度で、通りに人影もない。
「ねぇ今日お昼どこで食べるー?」
「えぇーこのカッコでー?」
「先生帰り夕方になるかもしれないから財布を持って好きな場所で食えってさぁ」
全員エクゾのアンダーウェアと模擬弾の入ったライフル銃という、狂喜の世界の住人の出で立ちである。
イロナは特注品のゴスロリレオタード。
もちろん鯖江も例のヒモ下着で街を走っている。
「前々から思ってたけど、こんな恰好で歩き回ってたら風邪ひくよね絶対」
「それはあり得ませんわ」
イロナは足並みを揃えてきやがった。
「あんた私が馬鹿みたいなカッコしてるからって馬鹿にしてるでしょ??!第一今日雨降ってるし」
「鯖江さん。貴女今寒いかしら?」
指摘されて気づいた。寒くはない。
「どうやらアンダーウェアの保温機能が正常に作動しているようですわね。おそらくあと七時間は風邪はもちろん雪が降っても凍死の心配も御座いませんわ」
三月も半ばだという雪はないだろう。
「ねぇねぇ鯖江ちゃんイロナちゃん」
ポニーテールのアンダーウェアの生徒が会話に加わる。巴川である。
「どっちか携帯電話持ってる?」
「私持ってるけど?」
「エクゾの無線機能があるでしょう」
「そうじゃなくて。下着、・・・もとい水着の女の子が20人くらい入っても大丈夫な食事のできるお店探すの」
「そんな店あるかなぁ?」
「雨の中でコンビニパンかじるとかいやでしょぉ?この訓練終わったらみんなでどっかのレストランはいって楽しくご飯たべようよぉ!」
巴川は鯖江の携帯を借りると、周辺の飲食店をネット検索しようとした。
「?雨で壊れちゃったのかな?うまく映らないや」
「あー巨大ロボット発見!」
別の女生徒が前方を指さした。
確かに8メートル、いや10メートルは軽く越える背の丈の人型の物体が小糠雨の中に佇んでいた。
「もくひょーはっけん!」
「私が美人だからと言って見とれていたら、やっちゃうわよ!」
「今、楽にしてあげる!!」
「アサルトライフルって結構な長いわよねぇ・・・」
思い思いの事を言いながら女生徒たちは前方に発見したロボットめがけて模擬弾を発射した。
これはたまらんと思うたのか。機械の巨兵は雨の中に隠れるように、すぐそばのビルの陰に走って行った。
「あー逃げたー!」
「おいかけろー」
生徒達は街中をウサギ狩りをする騎士のように鉄人を追い立てる。
「あれ?あのロボット風船じゃなくて本物じゃないの?それに演習場じゃなくてここまだ街中だし」
「そーゆーさぷらいずなんだよー。十六才先生そういうのすきそうだしー」
それもそうか。鯖江もライフルを構え、ウサギ狩りに興じることにした。
きっとあのロボットの中には十六才庸平が乗っているのだろう。引きづりして水溜りでの水泳大会に参加してもらう事にでもするか。
十六才庸平は先週末生徒達がおこなった小テストの採点をおこなっていた。
「大気中の二酸化炭素濃度は0.008パーセントです。では4グラムの二酸化炭素を用意するためにはどれだけの空気が必要ですか?計算してください。・・・随分とめんどくさそうな問題だな。まぁ計算が面倒だから小テストとしては丁度いいんだろう。どれどれ」
十六才は教師だ。採点する関係上速やかに答えを知る必要がある。自分で計算せずに模範解答が書かれた紙を見てみた。
「・・・とんでもない数字だな。4グラムの二酸化炭素を用意するにはこんなにも大量の空気がいるのか。
実際にやったら偉いことになりそうだな」
十六才が答案に赤いペンを走らせていると携帯がなった。番号を確認する。
『華宴楼華』
十六才はワンコールなった時点で電話を取った。
「久しぶりだな。時折連絡を取る事はあるとはいえ、俺の私用携帯を直接鳴らすとは」
『のんきな物ねぇ。あんたの学校大丈夫なの?』
「まったくもって普段通りだ。今日も元気に遠足だぞ」
『遠足?こんな雨の日だっていうのに正気なの?』
「雨だからこそだろうが。雨の日は自然マナフェル粒子が増大する。今日のような風のない日はとくにな。
こういう日は焼身自殺しちまうんで、魔術師によるテロなんてまずありえないんだよ」
『その魔術師のテロがあったのよ』
「なに?」
『上流の富奥ダムでおもっきり自爆テロやったらしいわ。下流の河川域に鉄砲水が流れて洪水による被害が出てる。県知事が災害派遣要請出して、隣の県のあたしらにも待機令が出てるんだけど』
「それは本当か?」
『あんただましてどうすんの。銀行に金振り込んでくれんの?』
十六才は職員室の窓から校庭を見た。作業用のST-3が非武装状態で移送用トレーラーに乗り込んでいる。
「二年と三年の重機隊の生徒に災害支援要請が出たそうですよ。十六才。統一政府軍の指揮下の下、水害救助に当たるそうです。人殺し以外に活躍の場があって彼らもきっと光栄に思う事でしょう」
六十歳くらいの背の低い老人が教えてくれた。
「野暮用ができた。少し出かけてくる」
十六才は携帯を切ると職員室から飛び出していく。
「十六才先生。こんな雨の中をどちらへ?」
「生徒達のところ。たぶん死人が出てます」
「そりゃま。水害ですからね」




