4/7 祝勝会
「こんにちわ~。本日はよろしくお願いいたします~」
「よろしく~」
「よろしくお願いいたします~。・・・あれ?」
祝勝会を開くために『味伝奇』を訪れた鯖江達は、店のカウンターに一人の初老の男性が着席していることに気づいた。
「や。先に始めさせてもらっているよ」
老紳士はワインを片手にそう鯖江達に挨拶をした。
「あれれ~今日は私達だけの貸切のはずじゃ~?」
巴川は当然の疑問を口にした。
「昨日、学校を襲った魔術師を撃退したのは君たちだそうだね?」
老紳士は鯖江達に尋ねた。
「そうですけど?」
「ここは時々私が酒を飲みに来る店なんだが、今日は君たちが予約しているというんだ。理由を聞いたら戦勝記念パーティーを開くというからね。せっかくだから私も混ぜてもらえないかと」
「あっしが事情をご説明したら、どうしても自分も参加したいとおっしゃりましてね」
『味伝奇』の店主は若干困った表情を浮かべている。
「自分の住んでいる街の英雄の活躍を、町内会の代表として聞いておきたいんだよ。他の皆にも是非とも事の顛末を聞かせてあげたいしね。もし私を参加させてくれるのならば、今回の祝勝会の飲食代はすべて私が持とうじゃないか。どうだい。美味い飯と、酒。おっと君たちは未成年だからソフトドリンクか。それと交換で。無論無理にとは言わんが」
「どうするみんな?」
工作が鯖江達に聞いた。
「私は構いませんわ」
イロナはそう言った。
「あたしも別に」
「アタシも別にかまいません」
「私もおっけー」
「全員いいみたいだぜ。じいさん」
鯖江達全員は老紳士の相席に同意した。飲食代のおごるという一言が決め手になったようだった。
「はは。じゃあコンピュータRPGの勇者にでもなった気分で語ってもらおうかな」
「RPGの勇者?」
「中世ヨーロッパ風世界観のRPGってあるだろう?それでそこらへんの村出身の若者が王様に直接会ってお金を受け取る。そういうシーンを目にしたことはないかな?」
「あーあるな」
工作が言う。
「それって不自然じゃありませんこと?国王ということはロシアの書記長なり、アメリカの大統領でしょう。そういう人物が公邸にいきなり押しかけてきた訪問者と気軽に会うようなことがありまして?」
「選挙前なら」
イロナは鯖江を拳骨で殴った。
「よくよく考えてみればわかると思うんだが、中世という時代にはね。インターネットもなければテレビもないんだよ。何しろ電気を造る発電所がないからね。だから楽しみと言えば本当に食べることしかない。だから遠い国の珍しい話をしてくれる旅人は、どこへ行っても歓迎されるんだ。これはヨーロッパに限ったことじゃない。中東でも。アジアでも。文字通りの土産話ってやつだな。そしてパーティの主賓として御殿に招かれ、吟遊詩人のバックミュージック部隊を背後に歓待を受けるというわけだな」
「へぇ。なんだかロマンチックですね!」
五人から無事祝勝会に参加する許可を貰った老紳士はカウンター席から立ち上がる。
「それじゃあ悪の魔術師を成敗した冒険譚を聞く前に、まずは君たちにクリームソーダでもおごらせてもらおうかな」
「クリームソーダ?この店で扱ってるんですか?」
「もちろんですよ」
「ああ。ちょっと待ってくれ」
店主がそう言うと、老紳士は店の外へと出て行った。
「なんだあのじいさん?出て行っちまったぞ?」
「すぐに戻ってきますよ」
店主の言うとおり、老紳士はすぐに戻ってきた。
「マスター。クリームソーダ五つ」
「あいよ」
店主は既にカウンターに氷の入ったグラスを五個用意していた。
老紳士はその隣にそれぞれ缶ジュースのメロンソーダ飲料を置いていく。
「あの、おじいちゃん。それってもしかして」
「うむ。店の前の自販機で買ったのだ」
「これをこうしてですね」
店主はメロンソーダの缶を開け、グラスに次々と灌いでいく。
そして、その後でバニラアイスを乗せた。
「これでメロンソーダの出来上がりです」
「そんなんでいいんかい」
即座に突っ込みを入れる鯖江。
「ファミリーレストランでも似たような方法で造っているよ。もっともここは一味違ってね」
「どこら辺が違うんですか?」
「買ってきた缶ジュースがなんであろうともその上にアイスクリームを乗せてくれるんだよ」
「緑茶フロートとかコーンポタージュフロートとか。酒に酔った勢いで色々試すんですよ」
「それっておいしいの?」
「ココアフロートはまあいけたな」
それはただのチョコ味アイスではないか。
入り口から近い順に、巴川。鯖江。イロナ。瑠璃。工作。そして老紳士という風に座ると、鯖江達はクリームソーダを飲みながら英雄武譚を語ることになった。
「ところで君たちの学校を襲ったのはどんな魔術師だったんだい?」
老紳士が尋ねる。
「ソロモン七十七柱とか言ってたよな」
「うんうんそうそう」
「なに?ソロモン七十七柱を葬ったのかね?!それはすごいっ!!」
老紳士は驚愕した。
「して、君たちが倒したのはなんというソロモンの魔術師かな」
「確か。撃墜のシンズアンって名乗ってたよね」
「違いますわ。自沈のダイサホトウンですわよ」
「そうじゃないでしょ。轟沈のアイアンボトムサウンドじゃない」
「そんなこと言ったら激動の二十世紀梨さんに失礼だよ」
誰一人として、榛名第三高校を襲撃した魔術師の名前を覚えていなかった。
「一体何なんだ。それでは話にならんよ。もっとこう。魔術師の特徴とかないのかね?」
「あるよ。水を操る魔術師だったね」
「そうそう。イロナさんと、それからロボットもこうぐいーーーーっと持ち上げちゃってさぁ」
鯖江はクリームソーダの入ったグラスを掲げながら言った。
「もしかして、その魔術師は月海のマリネリスとか名乗っておらんかったかな?」
「ああー確かそんな風に言ってたぜ」
「そうですわね。確かに”げ、なんんとかかんとか、ス”という名前でしたわね」
最初と最後しか会ってなかった。
「ふむ。月海のマリネリスは海水を操る魔術師だったのが。よもやこのような山奥で果てる事になるとは意外だな」
「知ってるんですか?」
「二十年前の欧州戦線で大西洋を防衛を任されていたのだが月海のマリネリスだ。海水を操るという事はつまり天候操作系に属するから大きな魔力を消費する。だがその分威力も大きくてな。
魔術師側の拠点防衛の要であったのだが」
「だったのだが?」
「戦闘機は空を飛ぶじゃないか。アメリカ本土からイギリスまで、世界統一政府軍の大部隊が落下傘降下して終わりだよ」
「まぁ制海権はとれても、制空権が取れるわけじゃないしな」
「だが彼女にとっては幸いだった。民間人はもちろん、軍人だってほとんど手にかけず終戦を迎えたのだからな。お蔭で戦争犯罪人として軍事法廷にかけられることはなかったよ」
「彼女?」
鯖江は、今老紳士が彼女。と言ったような気がした。
「アタシ達が高校で戦ったのは男の魔術師でしたよ?」
「なに?」
「ああ。そうだぜ」
「ええ。間違いなく男性でしたわ」
「最後自爆してドーンしたから、死体は残ってないけどねー」
老紳士は首を傾げる。
「おかしいな。月海のマリネリスは確かに女性だと思ったんだが」
「そりゃ。旦那が勘違いなされていただけでしょう」
『味伝奇』のオヤジが鯖江達の座るカウンター席に枝豆、フライドポテト、大根サラダなどを並べながら言った。
「六歳の子供じゃ、男か女かよくわかりませんからね」
「それもそうだな」
老紳士は、納得した。




