4/4 (木曜) 登校初日 朝 快晴
「強大な宇宙人が現れた。人類の人口は半分になった」
こういう出だしばっかりだと飽きますよね?
たまには違うことしましょうよ。
「母さん?何二日間電話してこないと思ったら急にかけてきて。えっ?仕事で忙しかった?役所の事務仕事のどこが忙しいのよ~」
島霧鯖江は二日間こちらから携帯してもメールしてもまったく音沙汰なかった母からの電話に出ながら今日から通う榛名第三高校の制服に袖を通していた。
「出かける前にマナフュルスプレーは持ったかって?いやちゃんと鞄に入っているよ」
そういえば鞄に入っていない。
あわてて荷物の入った段ボール箱からスプレー缶を取り出し、学生鞄に放り込んだ。
<
『マナフュル~スプレ~♪』
『通学途中の梨畝さん。満員電車の中でライト兄弟は魔法を使わず空を飛ぶ、という本を読んでいる彼女に忍び寄る怪しい影!』
『いやぁ!!魔術師が透明化魔術を使ってちかんをしてくるわぁ!!』
『うへへへ透明になって触っちゃうぞぉ?』
『そんな時はこれ!マナフュルスプレーです!マナフュル粒子が97.79パーセント魔術師をブロック!!』
『わぁ!これさえあれば暗い夜道で魔術師にあっても安心だわ!!』
『マナフュルスプレー!石鹸。ラベンダー。無香タイプからお選び頂けます』
>
「風呂場は洗ったか?まだだけど?風呂場洗剤が入ってるからちゃんと洗っておけ?わかってるわよ。もう」
スプレー缶の入っているのと同じ段ボール箱に風呂場用洗剤が入っていた。
まったく、洗剤の類ならわざわざ引っ越し荷物の段ボールじゃなく、お店で買えばいいじゃないか。
学生寮の二階の窓から見える、ジャコスグループの広い駐車場を見ながら鯖江は思う。
十件ほど住宅と道路の先がスーパーの店舗。さらに十件先に見えるのが今日から通う榛名第三高校の校舎だ。
道中にはコンビニが二件。ファミレスが一軒。ファーストフード店ももちろんある。焼肉屋すらあった。
ついで窓に鍵がかかっていることをしっかり確認しておく。
<
『マナフュルキラー!』
『あ~疲れた~。厄介事持ち込んでくる取引先とか仕事の遅い上司とかいやんなっちゃう。お風呂で気分転換しよう』
『シャワーを浴びようとするOLの葵さん。でもちょっと待ってください!自宅の中なのに怪しい視線を感じませんか!』
『きゃあ!魔術師よ!透視の魔術でお風呂を覗いているわっ!!』
『うへへへ透視の魔法でお風呂を覗いちゃうぞ?』
『そんな時はこれ!マナフュルキラー!通常のお風呂用洗剤と同じ用に使うだけで貴女のプライヴァシーをパーフェクトガードッ!!』
『これなら安心してお風呂に入れるわぁ~』
※撮影のため、湯船に白い入浴剤を使用しています。
※撮影のため、バスタオルを使用しています。
『マナフュルキラーお風呂用。お近くのコンビニ、薬局、スーパーでお求めください』
『窓ガラスには、レイリー散乱の太陽光だけ通し、魔術師だけをシャットアウトするマナフュルクリーナー(窓ガラス用)をご使用ください』
>
「マナフュルジェット?この缶詰みたいなのね。わかった。学校行く前に焚いとけばいいのね。りょーかい。愛してるわ母さん。じゃね」
鯖江はいつものように電話を切った。
鯖江はマナフュルクリーナー(眼鏡用ハンディタイプ)をシュッと吹きつけ、ティシュで拭い取ると髪と制服のリボンを軽くチェックする。
そして青い缶詰のような物体を部屋の中心においてスイッチポン。
それから部屋を出ていった。
<
『マナフュルジェットW!』
『洗濯物を取りを終え、可愛い娘とおやつタイムの主婦、安原さん。そこに近づく黒い影!魔術師です!!』
『うへへへそのドーナッツをよこせぇ?』
『ままこわいよ~』
『そんな時はこれ!マナフュルジェットWノンスモーク霧タイプ!!即効作用の薬剤が隠れた魔術師にも効く!!』
『ぐへぇ、こりゃたまらん!』
『まぁ!匂いも残らないのねぇ!』
『さらにさらに!バリアー効果で二ヶ月間に渡って魔術師の侵入を防ぎます!!』
※魔術師にトドメを刺す際には、別途新聞紙などを御用意ください。
『大地製薬マナフュルジェットW!!』
>
二階建ての学生寮から出た鯖江は、徒歩で榛名第三高校に向かう。
途中で学生寮近くの児童公園を通る。
季節は春。今日は天気がいいので、朝から子供達が遊ぶ声が聴こえる。
「くたばれーあくのまじゅつしー」
「ぱんぱんぱーん」
「ははは、元気があってよいな。だが我はソロモン七十七柱でも最強と謳われた魔術師なるぞ。そのような豆鉄砲で倒せるものか」
「じゃあひっさつのマナフュルスプレーをくらえー」
「ぐわー。やられたー」
「よーし。あくのまじゅつしをたおしたぞー!」
「ブリタニアナイツだいしょうりー」
「いててて!これ、お前たち。踏まんでくれんか?痛くてかなわん」
「あーしたいがいきかえったー。マナフュルスプレーがかかったのに」
「お前たち。そのスプレーは別に毒ガスではないぞ。ふきつけても人間は死なぬ」
「なんだ。まじゅつししなないんだ。つまんないのー」
「だがそれの恐ろしさは我がこの世界で最も知っておる。もしお前たちの前に己や、その友人家族を危険に晒す悪の魔術師とやらが本当に現れたのならば、そのスプレー缶を片手に戦うとよかろう」
「ふーん。あ、スプレーなくなってる」
「あたらしいのかってもらえばいいだろ。いこうぜ」
公園から出た子供達は、資源ごみの中にスプレー缶を放り込んでから走りさる。ビデオゲームとカードゲームどっちをしようか相談しながら。
資源ごみの中にはマナフュルジェットWの空き缶が大量に放り込まれていた。
春は引っ越しの季節でもある。あちこちの新しい住人達が、自分の新居に炊いた物を入れているのだろう。
「平和だなぁ」
鯖江はそう思いながら榛名第三高校に向かい、歩みを再開した。