4/6 榛名第三高校遭遇戦
「ぬわーーっ!!」
鯖江が榛名第三高校の正門を再びくぐったところで、勇者である自分の息子を庇って死ぬ髭の父親みたいなセリフと共に工作が吹き飛ばされてきた。
その全身はぐっしょりと濡れている。髪の毛も服も靴下もずぶ濡れネズミだ。
今日は快晴だというのに。
「な、なにがおこっているというのっ!!」
鯖江はジュースの入ったビニール袋を放り投げ、工作を抱き起す。
「あ、あいつだ。あいつがいきなり襲い掛かってきたんだ・・・!!」
工作の言う方向はさっきまでイロナと瑠璃が喧嘩をしていた場所、だった。
「ひぇええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」
「いやあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
大地からの伸びる蒼いツタに掴まれ、イロナと、瑠璃の乗ったST-3型二脚戦車が凧のように空を飛ぶ。
いや、凧のはずがない。本日の天気は快晴、無風。そう天気予報で言っていた。
出かける前にテレビで確認した。間違いない。
そもそもST-3は軽く30トンはあるはずだ。ジャンプ機能はあると言ってもこんなに高く跳べるはずはない。
「ははははは他愛ないものだなぁ。世界統一政府軍恐るにたらず!」
その人物は水色のマントを羽織り、髪の毛が長い男性だった。
「あんた、誰?」
鯖江に振り向き、マントをばっさと広げ、カッコイーぽーずをしながら男は答えてくれた。
「我が名は激流のドゥーカトゥス!ソロモン七十七柱の一人。いや、我こそが最強ソロモン最強の魔術師よっ!!!」
「ソロモン七十七柱?」
どっかで聞いた事有るなー。鯖江はそう思った。
「逃げて鯖江さんーーーーーっ!!!!!」
「黙れ下等生物がっ!!」
うねる蒼いツタはイロナを学校の校舎の窓に放り投げた。
「イロナさんっ!!」
そのツタは割れたガラス窓に差し込むと、ぐったりとしたイロナを持ち帰った。
「哀れな物だな、魔力を持たぬ下等生物共め。所詮我ら魔術師に支配される存在にすぎぬわ」
尊大な態度で水色のマントを羽織った男は言った。
「魔術師ですって?」
「そのとおぉーーり!我が魔力は水を操る!水なくしては人は生きては生けぬ!即ちすべての人類は我にひれ伏す。これ即ち全人類が我に従うのは当然の理っ!!」
マントを閉じながら激流のなんちゃらはそう宣言した。
よく見れば確かにこの蒼いツタのようなものはすべて激しく流れる水だ。それが瑠璃の乗るST-3を、そしてイロナを掴んで離さない。
「事実!ここにいる世界統一政府軍の兵士は偉大な我が魔力の前になすすべなしっ!!」
「兵士?学生服着た女子高生が?」
イロナも瑠璃も、正規の軍人ではない。ST-3は一応練習機として採用されているが、法律上は建設及び作業用重機扱いである。
つまりこの激流のなんとかという魔術師は作業機械と女子高生を自分の魔力で放り投げながら大喜びしているということになる。
「黙れ!ここは戦場なのだっ!戦場で戦う兵士に二度目などないのだっ!!」
「何馬鹿なこと言っているのよっ!!ここは学校よ!魔術師のあんたが勝手にやってきて、勝手に魔法を使って、勝手に戦場にしているだけじゃない!それで兵士がどうタラなんて言わないでよっ!!!」
「黙れ!!我が魔力こそは世界最強、いや宇宙最強、全次元最強なのだっ!!強い者は何をしてもいいのだっ!!!殺す!奪う!犯す!何かも思うが儘!!ああ魔術師は、魔力は偉大なりぞっ!!!」
「くっ。なんてやつなのよっ!!」
鯖江は、この魔術師に、『負ける気がしない』と思った。
『負けるわけにはいかない』ではない。
なんというか、やっていることは確かに凄いのだ。
だがなぜだろう。なんというか、鯖江にはこの激動のなんとかいう魔術師がそんなたいしたことがあるやつには思えないのだ。
たとえていうならば、
「私は大気中の水分を凍らせて周囲のものすべてを凍結させることができる!」だとか、
「俺は触れた相手の命を一瞬にして奪う氷の雨を降らすことができるんだ!」とか、
「僕は空気中の二酸化炭素を凍らせて弾丸にして撃ち出すことができるんですよ?」とか、
そういう類の連中と同じ雰囲気がするのだ。
しかしどうすればいい?どうすれば。
自分にはこの激昂のどうたらをとめるすべはない。武器など持っていない。
ハンドバックの中身は、化粧品。財布。ハンカチ。ティッシュ。携帯。飴玉。マナフュルスプレー。
・・・スプレー?
「えい」
バックからスプレーを取り出した鯖江はぷしゅー、と中のフローラルミントの香りがするガスを激変のなんとかに噴射してみた。
次の瞬間鯖江の眼前にいた激震のどうたらはその全身を紅蓮の腕に包まれた。
「あげひゃうげぇいいぅうげぇぐぇあがあぁ!!!!」
「きゃあああああ!!!!!」
驚き、慄き、戸惑く鯖江。
激辛のどうたらが燃えだすと同時にイロナと、瑠璃の乗ったST-3を掴んでいた地面から伸びる水流は、力を失い、二人は落下する。
「みじゅぅ!みじゅお、みじおくでぃ!!おでにば、みじが、ひづぼうなづんだぁぁあああっっつつ!!!!」
自分は水を自由自在に操る力を持つという魔術師は、全身から炎を吹き上げ、両手を突き出しながら鯖江に迫る。
鯖江はその場で尻もちをついていた。あまりの出来事に逃げるのを忘れる。
「みじお、よごぜぇえええええええ」
腕左右に動かしながらその場で足踏みする炎上する魔術師。
『ケイコク。ケイコク。シュウヘンキオン100ドイジョウ。セイメイイジニシショウハッセイアリ』
左腕の辺りからそんな機械音声がする。
鯖江自身はわからなかったが、周囲のものが鯖江を見れば、鯖江を中心に球状の透明な壁のような物ができていて、それが燃え盛る魔術師を鯖江に掴みかかる事を阻止している事がわかったはずだ。
そして、その球状の壁は、次第に薄く、小さくなっていく。
イコク・・・ケイコク・・・・。
逃げなければ。
そう思いながらも体は動かない。
そして、火炎の手が鯖江を掴もうとした直前。
銃声が響いた。
「くたばりやがれ!ゾンビ野郎!!」
工作が拳銃を両手でしっかりと持ち、火炎ゾンビ魔術師に銃弾を叩きこむ。
9ミリ拳銃弾が撃ち込まれる度、炎のマント纏ったゾンビはぴくん、ぴくんと全身を痙攣させた。
1マガジン15発をすべて叩きこむと、ようやく火だるまゾンビは倒れた。
だが、なおも鯖江に向かって手を伸ばす。
「み、じぃいいううううっっつうううう!!!!!」
「鯖江さん!逃げるのよっ!!!」
ぐいと、肩を掴まれた。先ほどまで、自分が助けようと思っていたイロナだ。
彼女に誘われるようによろめきながら立ち上がり、歩いて、その場から離れる。
一歩。二歩。三歩。
「み。ず。ぽ。ひづヴようなんだああぁあああああ!!!!!」
激しい衝撃と、熱風を、感じた。
自分の上にイロナと、工作が覆いかぶさっている。
そして、爆発した魔術師と自分達の間に、ST-3があった。
「三人とも、無事?!」
ST-3に乗った瑠璃が心配そうな顔で尋ねる。
「お礼を言いますわ瑠璃さん。流石に生身の人間が今の爆発を絶えれるとは思えませんですもの」
「くそ、あの魔術師め。自爆するなんて。往生際が悪すぎるぜ」
イロナは瑠璃に礼を言い、工作は魔術師に悪態をついた。
魔術師がいた場所には、ちょっとしたクレーターができていた。空爆か、不発弾の爆発でもあったかのようだ。というより、実際に爆発したのだ。一人の魔術師が。
黒い焦げ目のついた穴から、白い煙がぶすぶすと立ち登っていた。




