老兵の思い出
フランス。キャブール。
「バルムンク様。お食事です」
シュトルムがレトルトパウチを差し出してきた。
「・・・君が食べたまえ。君の方が若い」
薄汚れた外套に身を包んだバルムンクは、そう言って青年に食事を取る様に薦めた。
「いえ。スーパーの倉庫を漁ったところ、結構な量の収穫があったそうです!今日は皆が食事を取っております!!」
シュトルムの言うとおりだ。近くの廃屋から、鍋で煮る音。何かを咀嚼する音が聞こえてくる。
レトルトパウチにはフランス語の文字と、『Please enjoy hot eat』とという英語の文字と、鍋にはった水に袋を入れる絵が絵が描かれている。
シュトルムは暖めずに袋を切ると、そのまま胃に流し込む。
「ベーコンポテトシチューか。そのままでも旨いではないか」
「チキンの方がよかったでしょうか?」
バルムンクが鶏肉が好物だったことを思い出し、シュトルムはそう尋ねた。
「いや堪能させてもらった。三日ぶりの食事だ」
その三日前から雨は降り続いていた。これでは火炎の魔法で火をつけることも至難の業だろう
「核など効かぬ。核など撃ち落とせる。か」
「どうしました。バルムンク様?」
「一年ほど前だったか。我ら魔術師の有力者がソロモン七十七柱を名乗り、放棄した時に馬鹿のようにわめいていたことだよ」
シュトルムは天を仰いだ。今の自分達には、核どころかこの降り注ぐ雨を防ぐことすら敵わない
「核など無意味。核など核など。それが偉大であるかのように吹聴してな。それが今ではどうだ?我らは人間の兵士が撃つ弾丸に怯え、彼らの死体からはぎとった銃器で己を守っている」
バルムンクは自分の自動小銃の弾倉を外す。そして銃弾がしっかり入っていることを確認して、それから再び装填した。
「豆鉄砲だ。核がどうたらという議論は、兵器の戦略だの戦術区分けは無意味だった。山で。林で。街で。豆鉄砲を魔力を持たない人間達と撃ちあう」
そこまで言ってから、バルムンクは小さく笑った。
「いや、我々魔術師も所詮は人間か。神の使いでも、ましてやこの世界を造りし神でもない。人間同士が殺し合いをするのだから、同じ条件で、同じ銃を撃ちあって殺しあうのはむしろ当然であったか」
「敵襲ーーーーっ!!!」
歩哨に立っていた魔術師の声を聴き、バルムンクはからっぽになったベーコンボテトシチューのレトルトパックを投げ捨てた。
双眼鏡を取り出し、崩れ落ちた廃屋の壁から海岸線を覗く。
北の海岸線が、国連軍の兵士と、戦車で埋まっていた。
兵士が七。戦車が三だ。西から東まで。びっしりと。
その中で一際目を引くオレンジ色の、大きな人型の物体があった。
全長十メートルほど。人間ではない。
「あれは?!」
「ニューヨークやロンドンにいた、ブルドーザーもどきじゃないぞっ!!!」
慌てふためく下級魔術師達。
「そうか。あれが噂に聞く我らを殺す目的に造られたというゴーレムか」
バルムンクはオレンジ色の人型の巨人を見て不敵に笑い、そして皆に言った。
「聴くがよい我が同志達よ!我らはこの戦場で果てるであろう。だがその死は無為ではない!一人でも多くの敵兵を葬り、一台でも多くの戦車を破壊し、そしてあの太陽の死神を滅ぼす!!それは欧州各地で苦戦を続ける数百万の同志達を救う事に繋がるであろう!!」
『おおっ!!』
「皆の者!前進せよっ!!」
『おおおおっーーーー!!!!』
バルムンクを先頭に数万人を越える下級魔術師が自動小銃を携え海岸線から迫りくる世界統一政府軍の部隊に突撃していく。
そんな彼らの頭上に、洋上から離れた軍艦からの支援艦砲射撃が降り注いでいった。
『味伝奇』のカウンター席に座っていた老紳士は椅子から転げ落ちた。
「・・・夢、か?」
「ええ。夢ですよ」
店のオヤジは老紳士のためにおしぼりと水の入ったグラスを用意してやる。老紳士は冷や汗をかいていた。
「さがれさがれとか、そっちに言ってはいかんとか。また二十年前の夢をみてらっしゃったようでね」
「そうか」
老紳士はおしぼりで顔の汗を拭うと、グラスの水を一口。飲んだ。
「私は。いつまで生きていればいいんだろうな?」
「旦那は立派な御方です。旦那のお蔭で多くの人間が救われた。みんなそう言ってますよ」
「冗談ではない。私は戦術的に勝ったことはあっても、戦略的に勝利してはいないのだ。そもそもだ」
水をぐいっとあけ。老紳士は続ける。
「一番味方の兵を殺したのは、何よりも私ではないのか?」




