4/5 お昼
午前の授業を終えた鯖江は、イロナ、巴川と共に昼食を取る為に街へと繰り出した。
昨日は和食だったので、洋食にしようというという事になり、メスバーガーというファーストフード店に三人で入店した。
榛名第三高校の近くにはもう一軒。ワーストバーガーという日本一、世界一のハンバーガーチェーンもある。確かこういうテレビコマーシャルがあったような。
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「このハンバーガーは世界で一番売れているんだ。だから世界で一番美味いはずだ」
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だが、巴川に言わせればそんな事はは全然ないという。
「ワーストバーガーは『高い。不味い。健康に悪い』の三拍子揃ったハンバーガーチェーンなんだよ」
「でも行く人は多いよ?」
「ポテトチップスと一緒で、一年に一回くらい、いや、一ヶ月に一度くらい馬鹿みたいにジャンクフード食べたくなるじゃない?ああいう現象なんだよ」
観葉植物が飾れた明るい店内に入店した鯖江達。
「それじゃあ、このメスバーガーはワーストバーガーとどう違うの?」
「昔から野菜類を利用したメニューが充実していてね。国産野菜を使ったハンバーガーの他、サイドメニューにサラダを選べるんだよ。まぁ最近はワーストバーガーもなんか似たようなもの売っているみたいだけどね」
「へえ。ポテトは野菜じゃないんだ」
「ジャガイモは、炭水化物だよ。鯖江ちゃん・・・」
「あら?このお店はクレープもやっていますのね」
イロナは店内のカウンターの、目立つ位置にある二等辺三角形のポップを示して言った。
「只今当店では期間限定メニューのトルティーヤフェアーを行っておりまぁ~す」
女性店員が笑顔と共に教えてくれた。アイドルにスカウトされそうな、そんな笑顔だった。
「トルティーヤ?なんですの?」
「スタンダーチキン。パストラミポーク&チーズ。バナナチョコクリームの三種からお好きな物をお選び頂けます。通常のハンバーガー同様、セットメニューをご利用頂けますよぉ?」
「セット?」
「サラダドリンクセット。又はオニオンフライドリンクセットのいずれかからお選び頂けます」
「ドリンクに紅茶は?」
「ございますが」
店員の目の色が変わった。もちろん気づいた者は、誰もいなかったが。
「では、ミルクティーのサラダセット。パストラミハムチーズでお願いします」
「畏まりました。ハムチーズサラダミルクティーでございますね?お次の方どうぞー」
結局三人ともトルティーヤセットを注文する事にした。鯖江はスタンダードチキン。巴川はせっかくだからということでバナナチョコである。
「あ。ここ空いてるみたいだね」
四人掛けの席を見つけた。誰もいない。鯖江達はトルティーヤの乗ったプレートをテーブルに置いた。
「おや。ここに私のコートをかけておいたはずなんだが」
着席したところで鯖江達は背後から声をかけられた。振り返ると温厚そうな老紳士がチキントルティーヤが乗ったプレートを持ったまま立ちすくんでいる。
達者な日本語だが、どうやら北欧系の外国人のようだ。
「ふむ。どうやら席を取る為に座席にかけておいた私のコートが床にずり落ちてしまったようだね。すまないがお嬢さん方。その上着を取っていただけないだろうか?」
頭髪がすっかり白くなった老紳士は鯖江達に遠慮がちに頼み込む。
「あ、これじゃないかなぁ?」
巴川は椅子の下にまるで隠れるように落ちていた深紫色のコートを拾い上げた。
イロナは周囲を、店内をぐるりと見渡して、
「折角だから御一緒にお食事しませんこと?」
と誘いをかけた。
「よろしいのかね?」
老紳士は確認する。
「ええ。鯖江さんもそれでよくって?」
「うーん。まぁいいです」
確かに。店内は昼食時とあってそれなりに混んでいる。後から来たのは間違いなく自分達なのだろうし、この老人は別に悪い人物には見えない。
同席させても構わないだろう。
鯖江の隣に老紳士が座る。紳士の向かい側にイロナ、その隣に巴川という位置取りで四人分の座席は埋まった。
「本当に迷惑をかけてすまんな」
老紳士はプレートをテーブルの上におき、コートを自分にあてがわれた椅子に掛け直してから座る。
「いえいえ構いませんことよ。困っている殿方を助けるのは高貴なる淑女の義務ですわ」
そう軽く挨拶してパスタラミハムチーズトルティーヤを口に運ぶ。
鯖江もスタンダードチキントルティーヤを一口食べてみた。薄い小麦のパンに包まれたチキン。マヨネーズで味を調えらたグリーンリーフとレンズマメやえんどう豆が繰り出す細やかな歯ごたえがたまらない。
「なんかさぁ。ただひたすら美味しい食べ物を食べるだけのアニメって造ったら斬新で面白そうじゃない?」
「やだなぁ鯖江ちゃん。30分間流しそうめんを食べているだけとか、30分間コンビニ弁当食べているだけとか、そんなアニメ絶対つまらないよ。企画自体通んないよぅ~」
「あははははーだよねー」
「このトルティーヤというのはね」
老紳士が、鯖江達に語り掛けてきた。
「元々中南米に住んでいたインカの民がトウモロコシの粉を薄く延ばして焼いて、食べていたものなんだ。それを彼らを征服したスペイン人達が国に持ち帰った物なんだ」
「へぇーじゃあスペインって強いんだぁ」
「そのスペインもアッバース朝時代はイスラム教徒の植民地に過ぎなかった。自分たちの国、民族の歴史を知らないという事ほど恐ろしいことはない。ソロモン七十七柱に率いられ、世界征服をしようとした魔術師たちのようにな」
老紳士は蔑むように笑った後、ホットコーヒーを飲んだ。
「時に君たちは学生さんのようだね?」
「はい。この近くにある、榛名第三高校の生徒です」
「そうか。どんな学校かね?世界統一政府に所属する国の若者は皆、兵役義務があると聞いたが」
「えっ?兵役義務?なにそれ」
鯖江にとって初耳である。
「おじいちゃんそれ去年までの話だから。今の日本には兵役義務はないよぉ」
「おや。そうなのかね?」
「うん。魔術師との戦争は人類側が勝っているから、あんまり兵隊はいらないんだって。だから日本は志願制だよ」
「ふむ。そうであったか。では君たちは兵士にはならないのか」
「私は祖国ロシアの為に戦いますわ。世界最強の国家のために身を捧ぐ事はこのうえなく名誉なことですのよ」
「君たちの祖先のスラブ人は奴隷としてイスラム教徒に売られていたんだよ」
「んまぁ!それでは私がスレイヴだとでもおっしゃるのかしらっ!!」
イロナはハムとチーズの破片と吐き出しながら老紳士に食ってかかる。
「あ、そういう事ではなくてだね。あーと。そう。歴史上に名前を残しているアラブの王様はみんな母親がスラブ民族、つまり君たちロシア人女性なんだ。君たちロシア人は美しい。だから王様のハーレムに集められる。そして産まれた子供が世継ぎとなって後世に名前を残すことになるんだ。確か、十字軍に勝った王様もお母さんが白人女性だったような気がするなぁ」
「オホホホホホホ!そうでしょうそうでしょう!我がロシアは世界一優秀なのですわ!!」
おおちょろいちょろい。
老紳士はイロナの機嫌が直ったことに安堵し、鯖江は単純な奴だなぁと思った。
「とにかくだ。自分たちの国と歴史をよく学ぶことは大切だという事なんだ。それを行わず、自分達が神の使いだと盲信して全人類支配などという大それた夢を追い求めた魔術師共のようになってはいかん」
「おじいちゃんも戦争に行ってたん?」
巴川が尋ねる。
「ああ。第一次魔力解体戦争だけ。欧州戦線でね。こう。鉄砲を担いでね」
老紳士は銃を構える真似をした。
「私は大勢の部下を率いて戦っていたんだ。何百人、何千人という兵士と共に寝食を共にした」
老紳士は再び視線を手にしたコーヒーから外して、窓の外を見た。
「もしかしたら、君の先生とも同じ戦場で戦ったかもしれないな。君たちの先生は若い頃世界統一政府軍の兵士だったんだろう?」
「あぁー。なんかそんな事言ってたような気がする」
「そうだったけ?」
「是非とも一度会いたいものだな。懐かしい思い出話に花が咲くかもしれん」
その様なとくに意味のない雑談をしながら鯖江達はトルティーヤを食べ終えた。
「それじゃあおじいさん。私達は午後の授業がありますから」
「私はコーヒーのお代りを頂いてから行くよ。機会があったらまた会おう」
「それではまた」
「またねー」
「ごきげよう。おじい様」
「では、またな」
温厚そんな老紳士は鯖江達を見送った。その背後で椅子に置いた深紫色のコートが床に落ちた。
拾うには距離が少し離れていた。老紳士は椅子から立ち上がろうしない。代わりにその場でコートに向かって右手を伸ばした。
次の瞬間、メスバーガーの女性店員がやってきて、老紳士の代わりにコートを拾い上げた。
「お客様。上着が落ちましたよ」
「ああ。すまんね。ありがとう」
老紳士は女性店員に礼を言った。
「ところでコーヒーのお代りを頼む。砂糖とミルクもつけてくれ」
「畏まりました」




