第五話.知能がある
「……その先に、敵がたくさんいるの?」
うなだれる拓哉に声をかけたのは、神谷響だった。
「神谷……なんで」
「なんでって。敵の位置を索敵できるきみのそばにいるのが最善でしょ。数だけいても無意味。一撃で死ぬなら、敵の位置を抑えていなきゃ、生存の確率はない。だから君が一団から離脱した瞬間、私も離脱した」
「おまえ……」
「向こうに何体いるの?」
「三十」
「なるほどね。こいつら……」
ちらりと神谷は後ろを振り返る。通路の真ん中に座する一体。そしてその先から現れた五体ほどを。
「知能がある。ばかげた話だけど、こいつらは、スライムじゃないってこと。我々を的確に狩るために、誘導した。さてと、行きましょうか」
「行くってどっちに」
前方には三十体。後方にも合計で六体だ。
「前方」
しかし神谷は迷うことなく前を指さす。
「使えそうなスキル持ちを何人か拾っていく。そういうやつはきっと生き残ってる。委員長さんの手帳はさっきのぞき見したからね。安心してえっと、赤西君?」
「赤神だ」
「赤神君も必要なスキルを持っている。あとあの速い人も必要ね。あと、あの文芸少女あたりを拾っていけばいいかな」
「……神谷」
「言っておくけど私は生存することをあきらめない。ちなみに、みんなでという点には同意しかねるけど必要とあれば協力は惜しまないつもり。ただし、私の生存という同一の目的の上では、ね」
そう言って神谷は三十体のモンスターがいるほうへと走る。
後方にいる六体は特にこちらへ動こうとはしてこない。やはり誘導しているのだ。
「行くしかない、か」
拓哉も神谷に続いて、クラスメイト達が走って行ったほうへと向かう。
その瞬間、通路の先から耳をつんざくような悲鳴が響き渡る。
「ほうら、始まった」
と、どこか楽しそうに、神谷は言った。
向かった先にあったのは、地獄絵図、だった。
「ハアハアハアッ」
拓哉は息を切らしてその場に片膝をついた。地獄絵図が目の前に広がっていた。
人間たちが、まるでごみのように蹂躙され、捕食されていた……。
「ハアッ!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああっ」
耳をつんざく悲鳴に目を閉じる。今、血肉に変わっている人々。それは彼にとって昨日までクラスメイトだった存在だ。
「た、助け、たすけぎゃ……」
半身がえぐれた少女は血まみれの腕を震わせながらこちらに助けを求めてくる。が、その瞬間、化け物が持っていた棍棒を軽く振りおろし、そして放射状に赤い液体がまき散らされたのだった。
『最果ての洞窟』……異世界アストロフィアに設置された地獄への入り口だ。脳みそがえぐれた神が作り出した最悪の体現。その第一階層である。
彼らは地球より転生されここにきた。この逝かれたダンジョンを攻略することが彼らの使命であり、それが行えなければ死ぬだけだろう。
彼ら異世界人は転生するとその能力が大幅に向上する。それは、アストロフィアに存在する人間たちに比べ強力な能力を持つ、世界のパワーバランスを崩壊させる存在だ。アストロフィアでは、人と魔族がいまだに争いを続けているが、異世界人一人あれば魔族を壊滅させることだって難しくないだろう。
だからこそ、その世界の存在では絶対に不可能とされているそのダンジョンの攻略に彼らは駆り出されたのだ。
「赤口くん」
「ハアッ。赤神、だよ」
「そうだった。だよね。やっぱりきみがいないとさ。こうなる。だって敵は知能を持ってる。ってことは隠れて奇襲できるってこと。きみがいないと、つむよ。簡単に」
そう言って自分の近くに転がってきた腕を、石ころを蹴飛ばすように一団の中へと蹴り返す。
「ああ。うわ。あああああああっ! 茜ぁあああああああああっ!」
血まみれになった何かを抱いて叫び声をあげている坂上の姿が目に入る。
「坂上……ってことは、あれ、は」
その、坂上が持っているもの。
「っ! 茜」
ざわりと拓哉の心の何かが震える。
「……そ……そんな」
茜が死んだ?
あの、真っ赤に汚れた何かが、茜だというのか!?