第一話.ようこそ異世界へ
目を覚ますと、そこは何もない真っ白な空間だった。最悪の目覚めだ。
「お、おい! みんな起きろよ」
誰かがどこかでそう叫んでいる。頭がぼーっとする。ここはいったい……。
「お、おい。拓哉……これはいったいなんなんだ?」
と、そうしていると声をかけられる。
赤神拓哉、17歳。都内のある高校に通う2年生、だったはず。それがなにがどうなってこのような状況に立たされているのか。それが全く理解できない。
「……俺に聞くなよ」
つまり、わかるわけがなかった。
「坂上こそどうなんだよ」
彼の名前は坂上光一。一年の時から同じクラスだった縁で今ではこうしてけっこう仲良くしている。
「……いや。わからん。気づいたらここに、としか」
そういうわけで二人ともその謎の空間にいたのである。いや、しかも……。
「ここどこなの? っていうか、わたしたち……あれ?」
関条高校三年三組。その全員がそこにいたのだ。
「あれ? バス、乗ってたよね。うちら、修学旅行の移動中で……」
「そうだ。あのとき、俺ら事故ったんじゃ」
坂上が女子の言葉に同意したようにそう言う。
「ああ……そうだ。あのとき……」
一瞬だった。何か起こったとわかったときにはすでに自分の死を知覚していた。理由はわからなかったが、山道、彼らの乗っていたバスはガードレールを突き破って空中へと舞い上がったのである。
「というか、全員いるか? あれ……」
「いや、須藤がいない」
「水橋さんもいないよ」
ああ。大多数なので気づかなかったが、どうやらクラスメイト全員がここにいるわけではないようだった。確かクラスの人数は42人で、ここにいるのは26人。
『それはそうですよ。ほかの方々は一命を取り留めましたからね』
と、どこかで声が響く。空にスピーカーでもついていて、しかも反響している? 何とも気持ちの悪い声だった。
「……わぁああああ!」
誰かが叫び声をあげた。それは、何もない床からいきなりにゅるんと生えるように現れたからだ。
人の形をしていた。十歳くらいの、女の子だった。
『やあ、みなさんこんにちは。私はカミサマです』
それは、そう言った。
「な、んだ、これ……」
誰かが触れようとする。だが、その手がそれに触れようとしたとき、ぐにゃりと形をゆがめ、その手が貫通したのである。
『わたしとあなた方は存在の座標が違います。したがって、わたしに触れることはできません。ただ意識を介することはできる。言語という媒体によって』
「な、なんなんだ、いったい!」
男の一人が喚き散らす。杉山栄一このクラスのムードメーカーでリーダー的存在。たしかバスケ部で部長をやっていた気がする。
「ま、まて杉山君。ぼ、僕が話すよ」
そう言って前に出たのはメガネの男だった。御木本修。おそらくこのクラスで一番勉強ができる存在だろう。委員長であり、生徒会役員も務めている。
「質問させてほしいのですが」
『なんなりと』
「ここはどこですか? 天国、という認識でよろしいでしょうか?」
御木本がそういうと、何人かの女子がわずかにうめき声を漏らした。
まさか、状況を理解していないのだろうか。そう十中八九ここにいる彼らは死んでいるのだ。だからこそ、こんなこの世のものとは思えない空間にいるのだ。死後の世界というものは信じていなかったが、こうなってみれば結局その考えは、間違いだったのだろう。
『いいえ』
「では、我々は生きているのでしょうか?」
『今は。つまり私が蘇生させました』
カミサマはそう言ってほほ笑む。
『そしてみなさまには今までの世界とは別の、わたしが作った世界に転生していただこうと、こういうわけです』
「は? さっきからわけのわからないことを」
と、杉山がどなるが、まあよくある話だ。ようするに別の世界に転生するらしい。そしてその世界を救え、とこういうことだろう。異世界から勇者を召喚して、なんていまどき使い古された設定もいいとこだが、それがまさか現実に、しかも自分に、となれば話は別だ。
『俗物的に言うと、異世界から来た勇者様、わが世界をお救いください。というところですか』
「詳しくお願いできますか?」
考えるように口元に手を当てながら御木本がカミサマにそう聞く。
『のりが悪いですね。わたしの世界はですね。言ってはなんですが、あなたがたのカミが作ったものより幾分かユニークにできています。物理現象を超えた魔法という概念を存在させ、さらには人間と敵対する魔族を配置し、怪物を多数生み出すことによって種族間の争いを激化させました。今でも魔族の王と人間の王は絶えずお互いの領土を侵略しようと戦争を繰り広げています。本当に、毎日飽きることなく楽しい世界を作ることに成功したんです!』
まるで自分の趣味を語る子供のように楽しそうにカミサマは言う。
「で、なんだ? よくわかんねーけど、おれたちにその魔族を倒せって言いたいの? 人間たちを救え、と」
『いえ。あるダンジョンを攻略していただきたい。人間の敵として魔族を配置しようと決めたときにですね、まあ人間と同じレベルで戦えるようにとその能力を設定したわけです。ですが、私の中で、限界まで強い種族も作ったらおもしろいんじゃないかーと思いまして。作ってしまったんです。ある一つのダンジョン、『最果ての洞窟』を。そこはわたしの持てるすべての能力を駆使した難易度ナイトメアの攻略不能ダンジョンです。みなさまにはそこに潜って、最下層にいる邪神を倒していただきたい!』
「……」
いぶかしそうに御木本は目を細める。
『というのもその邪神なんですがね、どうにも頭をよく作りすぎてしまったんです。本来外界には出られない特殊な結界を張り巡らせているのですが、それを破る手段を構築しようとしていましてね。もし、『最果ての洞窟』のモンスターが外界に解き放たれたら、魔族も人間も一瞬で壊滅だ。長年少しずつ発展させてきた私の世界が、壊れてしまう! というわけで皆様にそのダンジョンに潜って、邪心を倒していただきたいというわけです』
「拒否権は?」
ぼそりと拓哉はつぶやく。
『あのですねー。きみたちは事故で死んだんです! 感謝こそされ、そのような口のきき方されるいわれはないんですけどね。まあ、いやだというなら、どうでしょう。殺しましょうか?』
こいつ……。
「ま、まて!」
坂上がすぐさま声を上げる。
「とにかく、おれたちは勇者として召喚されるってことでしょう。そして世界に危機を救えと。わかりましたよ。死ぬのはごめんだ。なあ、拓哉」
「坂上……」
「それに、ようするにあれでしょ。異世界に召喚される勇者は強いってのが相場じゃないですか。おれたちだってめちゃくちゃなステータスやスキルを与えられてあっちの世界じゃ敵なしってこと、でしょ?」
『話が早い! その通りです。異世界に住む存在はアストロフィアに転生すると、あちらの世界ではありえない強力なステータスを得ることができます。さらに転生の恩恵としてあなたがたには固有のスキルをご用意しましょう』
カミサマがそう言った瞬間、そこにいた全員の体が光り輝く。
「? これは……」
不思議そうに拓哉は視線を上げる。すると、坂上の頭の上に数字が表示される。
レベル100
HP:1210
MP:254
攻:355
防:322
魔:621
賢:110
SP:451
HIT:221
AVO:134
固有スキル
『瞬間移動』――任意の場所に瞬間移動することができる。移動できる範囲はレベルに依存する。
『範囲速化』――自分より半径5メートル以内に存在するすべての生物を対象にSPを10倍に補正する。
「なんだ、これ、ステータス?」
「どうした、拓哉」
あたりを見渡すと全員の生徒の上に同じような記述が見える。
「全員のステータスが見えるようになった」
『ああ、それがあなたの固有スキルですね』
「は?」
これが?
『みなさんも自身のステータスについては目を閉じると認識できるはず。スキルの使用法も頭の中にすでに入ってきているでしょう。相手のステータスは味方のみ知ることができます。握手をして、両者が同意したときお互いの情報を共有できる。敵の能力を知るには高レベルの魔法か、あるいは固有のスキルが必要になる。あなたはそれが偶然発現したらしいですね』
というわけらしい。拓哉は自身の手に視線を落とし、自分自身のステータスを表示する。
レベル100
HP:810
MP:54
攻:355
防:52
魔:321
賢:132
SP:151
HIT:121
AVO:114
固有スキル
『広域検索』――周囲にいる生命体の位置を把握する。検索できる範囲はレベルに依存する。
『深層検索』――視界に入る生物のステータスを見ることができる。
完全にサポート型だ……。ステータスも心なしか全体的に坂上より低いし。
まあ、一人で冒険しろと言われているわけじゃない。これだけの人数がいるのだ。全員が攻撃的なスキルを持っていたって話にならない。協力して突破しろとのことなら、拓哉のようなスキル持ちがいることは助けになるだろう。
現実世界でも表には出ず、裏方に回ることが多かった拓哉だが、どうやら異世界に転生してもその役割は変わらないらしい。
ちなみに、全員のステータスを把握したが、一番ステータスがいいのは、杉山。
レベル100
HP:4210
MP:214
攻:955
防:522
魔:141
賢:116
SP:451
HIT:321
AVO:234
固有スキル
『全能強化』――自身の任意のステータスを瞬間的に10倍に補正する。
『超魔耐性』――魔法攻撃をすべて無効化する。
という壊れスペックだ。なるほどこれがチートというわけか。常に任意のステータスを10倍にすることができるらしいから、攻撃の瞬間に攻撃を上げれば実数値9550!
どうやら出る幕はなさそうである。
ちなみにレベルは全員100で固定らしい。
『みなさん、自分のステータスは確認できましたか? では、最深層にいるラスボスを屠ってください。階層にいるすべてのモンスターを殺すと次の階への扉が開かれます! ちなみに各階層にはボスがいますが、ボスを倒すとなんと新たなスキルをもらえたりボーナスポイントがもらえたりと得点たくさん!』
階層の敵を全滅させないと次の階にいけないらしい。なんともまあ、作業感たっぷりのダンジョン攻略である。
『さらに各階層には聖域が存在しています。聖域は回復ポイントです。あらゆる傷を修復し、しかもモンスターも入ることができません! 傷をいやしたり、ちょっと休憩、情事に精を出すなど、ご自由にお使いください! では、みなさん! がんばってくださいね』
というわけで、有無を言わさず、異世界ダンジョン攻略が開始されたのだった。