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素性

 何時間経過しただろうか。水で薄めたような冬の弱い日差しが、俺の部屋に差し込んできて、背中がぽかぽかと暖かい。

 寝入りばなは派手ないびきをかいていた佐藤は、今は胎児の様に丸まって安らかな寝息を立てている。

 ダサいメガネをかけっぱなしで寝ていたので、俺はそれを外してやったが、こいつはそれでも起きなかった。眠りは深いタイプらしい。うらやましい限りだ。

 その時気が付いたのだが、こいつの黒縁のダサいメガネは、伊達メガネだった。レンズに度が入っていない。

 奇妙な男。好奇心が刺激されなかったと言えば嘘になるが、その一方で、関わると面倒な奴だと俺の勘が囁いている。

 家に入れず、たたき出すことも出来た。しかし俺はそれをしなかった。

 これが、こいつの言っていた『縁』というものなのか。不思議と不快ではないのは、居汚く眠るこの男の開けっぴろげな態度によるものだろうか。

 いや、それは違う。

 奇妙な言動も、ダサい外見も、図々しいとも思えるあっけらかんとした態度も、相手を油断させるための偽装なのかもしれない。

 俺が大東さんから教わった教訓は、人を外見で判断するなということ。疑ってかかる。それが俺の習性になっていた。

 こいつがふと見せた「昏い目」を思い出す。大東さんや、国分店長と共通するあの昏い目つき。こいつは、何かを抱えている。それが何かは分からないが、それは決して愉快なものでないことは確かだ。

 「飯だ。飯を喰おう」

 突然、佐藤が口を開く。見ればいつの間にか佐藤は目を開けていて、俺を観察していた。嫌な野郎だ。俺が呆けた様に虚空を睨んでいたのを見ていやがったのか。

 「ここには、何もない。起きたなら、もう帰れ」

 俺は、多分佐藤が抱えているであろう昏い何かには興味がない。正確には「興味がないことにした」なのだが、これ以上の『縁』が出来てしまう前にここを出て行ってもらい、俺に関わらないようにしてほしかったのだ。

 「助けてもらったお礼だ。私が飯をおごるよ」

 佐藤はそう言って、掛け布団代わりに自分にかけていたコートを羽織り、枕にしていたキャンバス地のカバンを斜交いに肩にかける。

 時間は午後2時。中途半端な時間だが、さすがに俺も小腹が減っていた。おでんは捨ててしまったし、俺の部屋に保存食はない。

 「金はないぞ」

 俺はそう念を押して、立ち上がる。夜の仕事だが俺には仕事があり、6年間の大東さんの店で働いた時の蓄えもある。金は持っているがこいつのために使いたくないとい意思表示だった。

 俺の中の「警戒心の強い俺」は、それを聞いて「まだこいつに付き合うのか、やめておけ、やめておけ」と警報を発している。

 だが、この時俺は飯をおごってもらってからこいつと別れる。それもいいかと思っていた。

 「大丈夫だ。まかせておけ」


 意外にも、佐藤が案内してくれたのは、名の知れた高級中華料理店だった。佐藤の格好も俺の格好も場違いなこと甚だしいのだが、佐藤は全く意に介さず、堂々と入り込んで席を案内させてしまった。しかも、個室を。

 空いているのだから使わせろと交渉したらしい。

 俺は、メニューを見ても分からないので、佐藤にオーダーを任せることにした。佐藤は、メニューを横にしたり、縦にしたりして、ぶつぶつ何かを言っていたが、注文を聞きに来た店員に、メニューの中の数点を指差すことでオーダーを完遂させてしまう。

 「高そうだが、大丈夫か?」

 メニューに書いてあった金額を見て、俺は心配になったが、

 「大丈夫だ。まかせておけ」

 としか言わない。『なるようにしか、ならない』俺もそう思い定めて、サービスで出されたウーロン茶を飲む。

 ペットボトルのウーロン茶と比べると、まるで別物のようにうまい茶だった。

 「ウーロン茶はピンキリらしいぜ」

 佐藤が出されたお茶を、もう飲み干していた。熱いのは平気らしい。

 俺は猫舌なので、ふうふうと吹かないと口に入れられない。

 「あ、きたきた」

 店員にお茶のお代わりを要求しながら、店の入り口を見ていた佐藤が言う。佐藤の目が昏い光を放ったように見えた。

 悪い予感がする。誰がここに来たのか知らないが、早くも俺は佐藤についてきてしまった事を後悔していた。

 我々のテーブルを囲む様に、4人の男が立っていた。店員は、盾の様にお盆を胸の前に抱えて、遠巻きに俺たちを見るだけ。4人の男はいきり立っていて、佐藤は面白がるかのように、にやついた笑みを浮かべている。俺は、多分、うんざりした顔をしていただろう。事実、このわけのわからない状態にうんざりしていた。

 「てめぇ、どの面さげてきやがった」

 4人の物騒な雰囲気の男の中で、リーダー格らしい男が口を開く。明らかに俺を警戒して、俺を視界に入れる様に位置取りをしている。

 「どの面もこの面もないよ。こっちは穏便に済ませようと思ったのに、約束を反故にしたのは、君たちなのだからね」

 料理を運び込もうとして、戸口で固まっている女性店員を、佐藤は手招きする。彼女は脅えていて、料理を並べる手が震えて皿がカチカチと鳴った。

 佐藤は、ほほえみを浮かべて彼女に「ありがとう」と言い、あきらかに人相の悪い4人の男に身振りで座るように促した。


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