手口
ホテルに佐藤がかえってきた。手にはメモ帳がある。黒のクレヨンで書かれたメモだ。クレヨンではどうしても文字が大きくなってしまうので、かなりの枚数のメモだった。
なぜクレヨンなのかというと、鉛筆やペンでは、自傷行動を起こす患者いるからなのだそうだ。
木村と新井は無事飛行機に乗ったらしい。しかし、逃げ切るのは難しいだろう。相手は荒事のプロだ。拉致も追跡も本職のようなもの。捕獲されれば、木村は死ぬということになる。
木村は人間のクズだが、騙してしまったことは気分が悪い。
しかし、佐藤は全くと言ってよいほど、気にしていないようだ。木村の残したメモを熱心に読んでいる。
「今すぐ、ここを引き払おう。今度は茨城に行かないと。東京に寄って、須加田さんの報告も聞きたいしね」
などと、もう次の行動の計画を立てている。佐藤にとっては。木村も新井も既に過去になってしまったらしい。
荷物をまとめ、チェックアウトする。約1週間の滞在だった。だいぶ金を使ったようだが、佐藤はキャッシュで支払っていた。カードは信用できないそうだ。それに、足が付くとも。
新幹線で東京に戻る。途中、新幹線内で佐藤は、須加田に連絡を入れていた。須加田も東京で仕事に着手していて、徳山の交友関係や立ち寄り先などもだいぶピックアップされてきたようだ。
木村から渡されたメモの話になった。このメモは、木村が徳山の下働きをしていた時の記録だ。もちろん、徳山の表向きの仕事である人材派遣業の事ではない。
8年前、ヤクザの下働きをしていた木村は、大阪から東京に逃げてきた。組の金と商売道具を盗んだからだ。木村は小物すぎて、どこからも杯を貰っていなかったから『凶状持ち』というヤクザの世界の手配書のようなものは発行されなかったが、面子を潰された組は下位団体などを使って木村を捕獲しようとしていた。
木村が東京に逃げてきたのは、彼の遠い親戚になる金田正男という男を頼っての事だ。金田は木村が問題を起こした組の上位団体の敵対組織に属する男で、木村が問題を起こした組への嫌がらせを兼ねて木村を匿うことにした。
しかし、木村は、多少見てくれがいいだけの怠け者だったので、金田はもてあまし始め、徳山に相談する。
徳山は、以前から金田と組んで『占拠屋』をやったりしていたが、金田を通じて保険金詐欺を計画していて、そのために汚れ仕事をする人材を探していた。
徳山と金田の利害は一致した。
木村という駒を得て、保険金詐欺を本格的に始めることになったのだ。
金田は、自分の組織から闇金のブラックリストを勝手に持ち出し、そのリストを参考に選び出した人物を使って、最初の保険金詐欺に着手する。
ビルの工事現場に派遣した人物を同じ現場に派遣した木村を使って、事故を起こさせたのだ。
慣れない工事現場で、不安定な足場から木村に突き落とされたその人物は全身を強く打って死亡。事故死として処理され、保険をかけていた徳山は3千万を手にした。
その人物の配偶者が掛けていた生命保険も、借用書を偽造して横取りし、その総額は7千万円になった。
木村が荒れ始めたのはこの頃だったらしい。殺した男の顔が脳裏から離れないという告白がメモの中にあったそうだ。
苦悩する木村を尻目に、思いのほか上手く言った保険金詐欺に、徳山と金田は気を良くする。そして、第二の犯行を実施したのだった。
同じく、ブラックリストから犠牲者を選び出した徳山と金田は、その人物の債権を肩代わりし、籠絡する。逃亡されては大損なので、その実態は軟禁だ。
徳山のビルを下見した時、オフィスビルであるにもかかわらず洗濯物が見えたが、今でも誰かが軟禁と気が付かなまま軟禁されているのかもしれない。
その人物は、心臓疾患と糖尿病を患っていて、軽度のアルコール中毒者でもあったので、連日、暴飲暴食をさせて病死させるという手口だった。
木村がそれに付き合っていたので、彼が太ったのはこれが原因だった。
結局、彼はなかなか死なず、焦れた金田が安ウイスキーを2本その男に流し込み、足をもって振り回したという。
最終的に、彼は急性アルコール中毒で死んだ。死因は病死とされ、ここでもまた上手く保険金を手に入れる。
羽振りが良くなってきた、金田を慕って、新しい仲間が出来のもこの頃だ。安東と星本というチンピラがそれだ。
徳山をブレーンに金田が実働部隊、それを木村、安東、星本がサポートするという体勢が出来上がる。
新しく加わった2人が所属団体から無断借用してきたリストには、詐欺にかかりやすい人物のリスト、通称『カモリスト』があった。それで、裾野を広げた徳山は、東京近郊の土地持ちの独居老人を選び出し、人当たりのいい木村を使ってまんまとそこに入り込む。
潰れかけた介護士派遣業はいくらでもあるので、保険金詐欺で得た軍資金をもとに、金田らを使えば、乗っ取るのは簡単なことだっただろう。乗っ取った介護士派遣会社の顧客リストは、新たな『カモリスト』へと変わる。
介護士派遣の表看板を手に入れた徳山は、茨城に住む独居老人に目を付けた。
その老人は、田畑を持っている、いわゆる地主農家なのだが、飛行機事故で跡取り息子を亡くし、長年連れ添った妻も亡くしたばかりの人物だった。
脳卒中で倒れたことがあり、わずかに障害が残ってしまったので、介護士の派遣サービスを受けていて、徳山はそこに食い込んでいったのだった。
介護の「か」の字も知らない木村だったが、親身になって老人を介護し、次第に信頼を勝ち取ってゆく。




