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提案

 組織の成り立ちから言って『荒事師』は、ヤクザとは色々と違う。

 似た性質のものを例えるなら、民間軍事会社だろうか。要するに傭兵だ。 大東さんはアメリカにある民間軍事会社で、短期間だが徒手戦闘の教官を務めたことがあると言っていた。

 「日本にも『荒事師』という、似たような組織があるよ。日本では、ヤクザの下請けみたいなものだけどね」

 という大東さんの話をかつて聞いていたが、まさか現物をこの目で見ることになるとは思わなかった。

 佐藤が身を乗り出す。

 「噂には聞いたことがある。実在したとは、驚きだ。ぜひ、取材させてほしい」

 スタンガン男は渋面を作ったが、本当はうれしいのだろう。

 彼は「職能集団」という言葉を使った。潜入や誘拐や徒手戦闘など、日本ではほぼ不要なものを「技術」として行使することに、プライドがあるのだ。

 佐藤はそこを巧みにくすぐっている。『ジャーナリスト』とやらは、演技も必要なものらしい。今の俺には経験も知識も不足していて無理だ。

 「ワイらの強みは『匿名性』や。取材なんぞ問題外や」


 俺たちは暴力を行使され、拘束されて、ホテルから連れ出された。誘拐と監禁というれっきとした犯罪に巻き込まれている。

 だが、スタンガン男と佐藤のやり取りは一見すると穏やかで緊迫感に欠けるため、今まさに生命の危機であることを失念してしまいそうだった。

 だが、誘拐された当初より危険度がぐっと下がったのを感じる。中華料理屋で、叶というヤクザまがいの男と交渉していた時にも感じたことだが、佐藤にはその場を支配する奇妙な才能があるようだった。佐藤はいつの間にか自分のペースに相手を巻き込むのだ。

 よく考えたら、俺もまた、佐藤のそうしたマジックにかかった手合いだろう。

 「要約すると、あなた方は医療刑務所から木村を引きずり出したい。ただし、依頼元に迷惑をかけたくないので、強硬手段を取りたくない。そして、我々にそれを邪魔されたくない。そういうことですね?」

 佐藤が言うと、スタンガン男が頷く。佐藤の手錠は外されていた。彼が取材に来ただけということがわかったから。俺の手錠は外されない。一人病院送りにしたのが災いしたようだ。

 「私は木村からある情報を入手したい。先程話したお笑い種の『引き裂かれた云々』は、彼に近づくための方便です。もちろん、信じてないですねよ? 木村はクズ野郎ですし」

 佐藤は、咳払いをして姿勢を正すと

 「では、ここで提案です。私は私の持てる全ての能力をかけて、木村と信頼関係を結びます。木村は報復を恐れて退院への遅延策を色々と実施しているようですが、それも手詰まりになりつつあります。そこにつけこんで、完璧な脱出プランを立て、あなたたちに脱出先をお教えする。私はその見返りとして木村から情報を得る。あなたたちは、手の中に木村が飛び込んで来る。そういう算段ではどうでしょうか?」

 佐藤はそんな事をしれっと、言いやがった。

 人殺しも辞さないような危ない連中と取引をするつもりなのだ。しかも、この連中に加担するのと同じだ。

 木村は、退院が近くなると、階段から転げ落ちたりして、再入院を繰り返している。実際骨折などしているようだが、単純な手段であるが単純ゆえ有効だ。2~3週間単位で引き伸ばしを継続している。

 スタンガン男らの苛立ちはそのあたりにある。佐藤は、そこにつけこんで、上手に立ち回っているのだ。

 「問題が一つあるで。あんさんが、信用でけるかどうかや」

 スタンガン男が、考えながらそう言う。木村を巣穴から引きずり出すには、安全に逃亡できると思わせるのが上策だが、その手段が彼らにはないのだ。

 「信用できるかどうかではなく、信用するしかない。そろそろ、腕の骨折が治るころだし、次の怪我でもされたら、契約期間の関係で、君たちがマズいことになるのではないのかね?」

 スタンガン男は、佐藤の提案を吟味している。この男は提案に乗る。よく考えたら乗るしか選択肢がないのだ。今までも彼らは、色々と手は尽くしていただろう。それでも手詰まりなのは、彼らがほのめかした通り。

 ならば、駄目でもともとで、今までとは異なる形でのアプローチも悪くないはずだ。それに佐藤の提案はコストもかからず、リスクもない。

 「ええやろ。あえて乗ったるわ。1週間以内に、木村のチンカスを外に出るよう説得せえよ。しくじったら、殺すで」

 俺の背中に冷たい氷が走った。のんびりした口調だが、いざとなったら我々を本気で殺すつもりだ。おそらく、呼吸をするかのように簡単に。

 「了解。承知した。これで、交渉成立だね」

 スタンガン男が何か合図を出したのか、俺は首根っこを掴まれて車の外に引きずり出された。推測通り、ここは大阪湾の倉庫街だった。

 いきなり、膝の裏を蹴られる。俺はたまらず膝をついた。間髪を入れず背中を蹴られた。手錠が足を縛るナイロンロープに繋げられているので、俺は、胸から上に手を上げられない。だから、顔面から地面に着地するという無様なことになった。

 柔道野郎は、俺にムカついている。俺が病院送りにした男と友人なのだろうか? 必要以上に乱暴な扱いだ。

 佐藤は、突き飛ばされただけで、車に轢かれたカエルように地面を転がっていた。だが、案外きれいに受け身をとっているので、怪我はなさそうだ。

 チャリンと音がしたのは、小さなカギだった。俺の手錠の鍵だ。佐藤が起き上がるより先に、車が発信する。後に残されたのは、拘束された俺と地面を転げ回らされて埃だらけになった佐藤だけだった。

 「いててて…… 乱暴だなぁ」

 四つん這いになって地面の鍵を拾いながら、佐藤が言う。乱暴どころか、殺されるところだった。生き残ったのが不思議だ。

 「どうだい? 迫力満点だろ?」

 佐藤が俺の手錠を外す。無意識に引っ張ったせいか、俺の手首には輪状に痣がついてしまっていた。こんちくしょう。柔道野郎め。

 「今死ぬか、一週間後死ぬか、それだけの差しか無いような気がするんだがね」

 腕をさすりながら、俺が嫌味を言う。

 「今現在、ぼくらは生きている。それが、大事さ」

 曲がってしまった眼鏡のフレームを器用に直して、佐藤が言った。

 楽しい悪戯を見つけた子供のような笑みを浮かべながら。


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