表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/38

襲撃

 「うまく口説ければ、今日いけたかと思ったけど、現実は甘くないね。でも、釣り上げるための糸は垂らした。獲物がかかるのを待とう。カメラのアルミケースは君に預けておくよ」

 いつもの、間の抜けた声になって、佐藤が首をマッサージしている。演技で変なところに力が入ったのか。ポキポキと骨が鳴る音が聞こえた。

 佐藤と俺は見ている所が違う。佐藤は、新井という女がどのような生活をし、どんな事を考えているか、それを色々な情報から読み取ることに傾注していた。

 俺は、周囲の動きを見ている。俺の役目は、佐藤の助手兼護衛。佐藤の仕事が円滑に行くようにサポートし、佐藤の安全を確保するために雇われたのだ。

 ゆえに、俺は佐藤が新井と交渉している間、周囲を見ていた。だからこそ、気が付いたことがある。

 『新井は監視されている』

 電車の中で、俺はそのことを佐藤に告げた。佐藤はそう言われても驚く様子はない。

 「だろうね。木村は組のシャブと売り上げをチョロまかして逃げている。金額はたいしたことないけど、組の面子が……ね。一人取り逃がすと、真似する馬鹿が出てくる。裏切りは許さないという姿勢を常に見せる必要がある。だから、息のかかった興信所に見張らせて、木村の動向を探らせているのでしょうよ」

 佐藤が、俺という護衛を求めた理由もそこにある。木村は医療刑務所という安全地帯にいて、そこは普通の刑務所と違って、ヒットマンを送りこむことは出来ない。入所の条件が特殊すぎるのだ。

 だから、木村の出所を待つしかない。木村もそれを心得ていて、出所が近くなると問題を起して延長することを繰り返しているらしい。そして、医療刑務所という安全地帯から出たくないので、リハビリ中にわざと怪我をしたりもするそうだ。

 安全地帯から出れば、殺されるかもしれないことを木村は知っている。医療刑務所内部の情報はよほどのことがないと漏れないので、出所情報は新井を見張ることで得るしかないのが現状だ。

 「木村の引き伸ばしもそろそろ限界で、そこに我々が攻め込む隙がある。逃亡にも資金が必要だしね。新井さんは今、とてもお金が欲しいと思っているはずだよ」

 出所後の逃亡資金を蓄えるため、身を粉にして働き、家賃の安いボロアパートに住む。

 新井という女は、木村に尽くす自分に酔っているのか? 俺には彼女の心のあり様がわからない。木村は彼女に暴力を振るうし、世間から見れば人間のクズだ。

 「私は、新井さんがどうなろうと、木村氏が大阪湾に沈められようと、気にならない。情報さえもらえばそれでいい。田中君も、あまり闇の奥を覗きこまない方がいいよ。とりこまれてしまうよ」

 けくけくと、佐藤が笑った。

 俺たちが尾行されている可能性を考える。それは大いにあることだろう。興信所は、新井に関する事なら些細なものも報告に上げるよう指示されているはずだ。しかも、クライアントはヤクザだ。手抜かりがあると色々と拙いことになる。

 俺たちが何者か?そのあたりは必ず探ってくるだろう。

 佐藤は移動に際して『漂白』をしなかった。我々が中之島にある大きなホテルに滞在していることは、既に掴まれているという前提で考えた方がいい。

 佐藤が意図したことではないだろうが、名の知れた大手のホテルであることが幸いしている。コンプライアンスがしっかりしているし、顧問弁護士もいてヤクザ対策もしっかりしているだろうから。

 宿泊カードが漏えいすることは無いとは思うが、万が一外部に持ち出されたとしても、名前以外は架空のものだ。

 彼らがいきなり襲ってくる可能性は低い。正体不明の者に不用意に攻撃を仕掛けるのは、リスクのあることなのだから。

 俺は佐藤に懸念を表したが、佐藤は気にも留めていない様だ。

 「ヤクザが我々を尾行しても構わんよ。堂々と行動しよう。何も、彼らの邪魔をしようという訳ではないのだから。案外、話せばわかるものだよ。熊や虎なら話しても無駄だけどね」

 それもそうかと思う。ケンカの修羅場を潜り抜けてきた俺より、佐藤の方がよっぽど腹が据わっているようだ。

 「でもまぁ、注意して行動しよう。いきなり刺される事だってあるかも知れないし」

 佐藤は、そんな物騒なことを付け加えてホテルの部屋に入る。

 これが、場数の差というやつか。俺は、半ば呆れ、半ば感心しながら部屋に戻った。

 この時、俺も佐藤も関西のヤクザをナメていたのだと思う。その代償はすぐに支払うことになったのだった。


 カードキーを使って、部屋に入る。

 すぐに気が付いたのは、タバコの匂いだった。俺はタバコを吸わない。そしてこの部屋は禁煙ルームだ。

 「何かおかしい」

 そう思う前に、俺の体は動いていた。

 ステップバック。蝦の様に後ろへ飛ぶ。

 俺が一瞬前までいた空間を薙いで走ったのは、砂を詰めた皮袋。

 『ブラックジャック』と呼ばれる鈍器だ。こいつは、重くて柔らかいので、体に張り付くように打撃を与えてくる。

 その衝撃がモロに浸透し、ボディなら内臓に、頭部なら脳にダメージを与える。こいつを喰らったらまずい。

 俺は、後ろに飛んだことによって発生した慣性を、足の筋肉で抑え込み今度は前に飛んだ。

 踏み込んで、体を捩じる。床から片手で何かを拾い上げる様な体制になる。渾身の力が、脚から腰に、腰から腕に、伝わってゆく。

 地面から物を掬い上げる形のボディ・アッパー。ボクシング部時代、トレーナーの爺さんに伝授されたフィニッシュ・ブローがそれだった。

 『ピックアップ・アッパー』。爺さんはこの技法をそう呼んでいた。

 体を捩じったパワーを解放する。拳は、ブラックジャックを振り抜いて体勢が崩れた男のわき腹に突き刺さった。俺はハード・パンチャーだった。その全盛期に近い一撃が出せた。

 カエルが潰れたような声を出して、男がうずくまる。その顔に俺は蹴りを叩き込んだ。

 躊躇なく。思い切り。まるでサッカーボールの様に。

 男が仰向けに倒れ、動かなくなる。気絶したようだ。

 俺は、無意識に呼吸を止めていたらしい。むさぼるように息を吸う。どっと汗が出た。

 油断していた。まさか、即行動に移すとは思っていなかったし、部屋の中で待ち伏せしているとも思っていなかった。

 男は、清掃員の格好をしているが、まさか本物の清掃員ではないだろう。

 「佐藤!」

 俺は、部屋を飛び出した。清掃員の格好をした男が、筒状のカーペットを担いで、非常歓談の扉を潜るところだった。昏倒した佐藤をカーペットで包んで拉致するところだとすぐに気が付いた。

 「まて! この野郎!」

 カーペットを担いだ男と目が合った。底光りする目をしていた。間違いない、こいつは堅気ではない。俺は、非常階段の扉を蹴破ったが、踊り場に出るより先に床に置かれた筒状のカーペットに躓いて踏鞴を踏む。

 その時、首に何かが押し付けられた。

 バックハンドで、拳を振るったが間に合わなかった。

 バチバチという放電音が響く。

 「スタンガン」

 そう思った時は、世界が真っ白に染め上げられていた。

 激痛。

 服の焦げる匂い。

 地面に叩き付けられた衝撃。

 俺は受け身も取れなかった。いいパンチをくらって、ノックアウトした時と似ている。薄れる意識の中、俺はそんなことを思っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ